パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第九話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第九話

 さいたま某所。大学入学と同時に借りた築25年のアパートに帰るや、ネクタイを外してベッドに転がる。どっと疲れが押し寄せてきた。休憩時間にコンビニのお弁当を食べたきりなにも口にしていないのでお腹は空いている筈だけども、なんだか食欲が沸かない。ごろりと寝返りをうって、小さく伸びを作る。ホール勤務を始めて最初の一週間はとにかく足が痛くて仕方なかったけども、今はそうでもない。それより、覚えることがどんどん増えてきて知恵熱が出そうだ。

 

 転がったままの姿勢でベッドサイドのテーブルに置きっぱなしの雑誌を手に取る。表紙には派手なフォントで『オリジナル★パチスロ爆裂必勝攻略ウォーカー』と書かれていた。勉強の為に買った本だけど、適当に選んだせいか内容が難しすぎてついていけない。状態移行。周期抽選。有利区間。ひとつひとつの単語をインターネットで調べて解読しつつ読み進めてはいるのだけども、やってるうちにすぐに眠くなってしまい一向に進まない。ため息をついてパラパラとページを捲る。何となく気になったページで手を止めて文字を追いかける。

 

──そろそろ夏真っ盛り。みんなバテてないドロス? こんな時は山芋のタンザクとにんにくを食べると良いドロス! ハッ! さあてアレクサンドロス内藤がお送りする「ビタって騎士<ナイトゥ>!」。今週のテーマは「今ビタるべき6号機」についてだドロス! それじゃ行ってみよう。オール・ユー・ニード・イズ・万枚!

 

「うおぉ……。なんだこれ……。バカバカしいなぁ……」

 

 6号機。ホールでも良く聞く言葉だ。研修資料にもあったけども、一体何が6号機で何が6号機じゃないのかも良くわからない。だので当然、この内容も全然入ってこない。誌面では横縞のズボン吊りにアフロヘアのおじさんが楽しそうにパチスロを打ってる写真が載ってるけども、まあたぶんこの人がアレクサンドロスなにがしさんなんだろう。唯一得た情報はそれだけだった。

雑誌を開いたまま胸に伏せてる。

 

(菅原。それは本当に、お客様の為ですか?)

 

 終業時間直前に阿久さんから言われた言葉が、ひとりでに浮かんできた。あれはどういう意味なんだろう。ぼくはホールスタッフとしてしっかりやるべきことをやった筈だ。伊藤さんと古馬さんの肩をぽんぽんして目押しをアシストして。二人共喜んでいたじゃないか。きっと助かったはずだ。だってぼくも、阿久さんにそうして貰ったときは凄く嬉しかったんだもの。キラキラ光る7図柄が直線に揃って。そうしてファンファーレが鳴って。おめでとうございます。お客様──。

 

(あ、ああ──……うん)

 

 伊藤さんの顔が浮かんだ。眉を少し下げて、笑顔を浮かべて。困ったような。情けないような。ついでに、アロハのおじさん──パティスリー・エゾエの大将の顔も浮かんだ。得意満面に胸をそらして。どきな伊藤屋、ほらこのゾエさんが揃えてやっから──。

 

(お二人の目押しはねぇ、もうぼくに任せてください。ペカったら直ぐに飛んできますからね)

 

 あれ? と思った。

 上半身を起こす。立ち上がる。窓ガラスの向こう。晴れ渡った夜空には、真っ白い月が浮かんでいた。

 もしかして、ぼくは──……。

 
* * * * *
 

 翌日。ぼくは普段よりちょっと早い時間に駅を降りた。いつもはそのまま脇目も振らずロータリーに面したバス停に向かうのだけど、今日は違う。パーラースマイルには行かない。目的地は別の場所だ。スマホのマップアプリを頼りに駅前の大通りを進む。

 街路樹が商店街。コンビニ。定食屋。公園。丁字路を右折した所に、その建物はあった。時代を感じさせるどっしりとした佇まい。木目から直接切り出した看板には「伝統の甘味・伊藤屋本店」と掘られてる。ここだ。喉をならして、開け放たれた入り口のサッシを潜った。

 

「いらっしゃいま……。あれ?」
「どうも……。お邪魔します……」

 

 段とは違う、七分袖の作務衣を着た伊藤さんがそこにいた。ぼくに気づくとちょっと驚いたような顔をして、それから嬉しそうに頬を緩めた。

 

「わあ、菅原さん。来てくれたんですか……! はは! 嬉しいなぁ!」
「いえいえ。ご挨拶が遅れまして……。あのー……いつもの大福ください。あ、いつものってまるでいつも買ってるみたいな言い方で申し訳ないんですけども。あのー、いつも、貰ってるアレです。はい」
「いくつ包みましょう?」
「じゃあ、えーと……4つ……」

 

 まいどありがとうございます。丁寧にお辞儀をして大福を包む伊藤さん。ショーケースから目的のものを掴むや竹の皿の上に置いて、なにやら白い粉を振るう。それから和紙の上にそれらを並べると、あっという間に包み終えてしまった。

 

「うわぁ……手際いいですね……」

 

 思わず口に出すと、伊藤さんはちょっと照れたように笑った。

 

「そりゃあ、いつもやってますからね。はは。……あれ。菅原さん。今日はスーツじゃないんですか?」
「ああ、実はお休みなんです。今日」
「え。休みなのにわざわざ来てくださったんですか……? 嬉しいなぁ!」
「あ! 違います! いや、違わないです! 大福も目的のひとつですけども! 本当の目的はそうじゃなくて──あのー……」

 

 キョトンとした顔の伊藤さんに向けて、ぼくは意を決してこう言った。

 

「あの! 伊藤さん。ぼくと一緒にパチスロ打ちに行きませんか……! その、ご迷惑だったらいいんです。ただ──!」

 

 言葉に詰まる。

 どこか遠くで「いらっしゃい」という呼び込みの声がした。ちらりと振り返ると、道路の向こう。赤いレンガの建物の軒先に、エプロン姿の男性の姿が見えた。黄色いおもちゃのメガホンを片手に持ち、肩をぐるんぐるん回しながら阪神の応援をするトラキチの如く怒声を張り上げている。パティスリー・エゾエの大将だ。

 

「……ぼくは正直、ホールスタッフになるつもりなんて、最初は無かったんです」

 

 気づいたら、口から勝手に言葉が出てきていた。

 

「就職がなかなか決まらなかった時、大学の先生から『好きなことは何だ』って聞かれて。一生懸命考えたけど、ぼくには何もありませんでした。そんなときに、父親の事を思い出して」
「お父さん……。ですか」
「はい。ぼくの父さんはトラックの運転手をしていたんですけども、だいぶ前に死んじゃって。以来ぼくは母さんと二人で暮らしていたんです。正直、父さんの記憶はほとんど無くて──」

 

 キラキラ光る図柄。ジャグラーのファンファーレ。はじめて伊藤さんと、そして阿久さんと会った日の事を思い出しながら。あの目押しのアシストの日の事を伝えた。その時ぼくが泣いていたのを思い出したのか、伊藤さんが虚を突かれたように、ああ、と声を漏らした。

 

「そういう訳で、ぼくは恥ずかしながら、パチスロのことは分かりません。ジャグラー以外、触ったこともない。正直、何が楽しいのかも分からない」

 

 顔を上げる。伊藤さんと目があった。

 

「だけど、パチスロを打ってるお客さんは好きです。そして、その、伊藤さんはぼくが初めて仲良くなったお客様で──……なので、もっと楽しんで頂きたいんです──!」

 

 大きく息を吐く。蝉の声が聞こえた。北関東に、夏が訪れていた。

 

「伊藤さん、ぼくと一緒にパチスロを打ちいきませんか。ぼくにパチスロの楽しさを教えてください。代わりにぼくが、伊藤さんに目押しを教えます──!」

 

 続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。