パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十三話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十三話

「改めまして……。先生、お久しぶりです──!」
「うん。久しぶりだね。君も元気そうでなによりだよ。……どうだい? パーラーでの仕事は。順調かい?」
「はい! 最近はやっと仕事も覚えてきて、だんだん楽しくなってきた所です!」

 

研修終了後。本社近くの喫茶店で小坂先生と落ち合った。ついさっきまで壇上でマイクを持って講義していた人とこうやって向かい合って座るのは、なんだか変な感じがした。布張りのソファのざらついた感触と、古風な木目のローテーブル。ぼくら以外のお客さんは入口側のカウンターで新聞を読む老人だけだ。

 

「先生って、偉い人だったんですね……!」
「何だいそりゃあ……。君の中での私の評価は君の主観に任せるけどさ」
「だって、講義するとか凄いですよ」
「相変わらず変なやつだねぇ。私の講義なんか大学で何度も聴いてたろ」
「すいません。当時は精神保健とかあんまり興味なくて……、ぶっちゃけ寝てましたね。へへ……」
「やれやれ。それを私の前で言える胆力は見習いたいものだよ」

 

運ばれてきたコーヒーに砂糖を入れつつ、思わず頭を掻いた。

 

「しかし、先生がこっちの業界の人なのは知りませんでした……」
「業界の人というのが正しいのかどうかは分からないけどね。でも実際、ギャンブル障害に関しては今までに何本か論文を書いていて、そのご縁でこういう勉強会に呼ばれる事があるからさ。どうせ企業と繋がりを持つなら、学生課の就職担当に紹介しない手はないし──。君のように未経験のままパチンコ・パチスロ業界に就職した生徒というのはレアケースだと思うけど、うん、何にせよ上手くやってるようで良かったよ」
「いやあ、ホントに先生のおかげです……もう、足を向けて寝れないというか。その節はどうもお世話になりまして──……」
「そう言って貰えれば私としても嬉しいさ。今後とも頑張ってくれたまえ、菅原くん。……というかどうでもいいけど君、砂糖入れすぎじゃないか?」

 

ぼくは研修のあと直帰の予定だったので、先生の時間が許すままにコーヒーを飲みながら互いの近況を報告しあった。先生が特に知りたがったのはパーラー・スマイルの常連さんたちのエピソードで、特に伊藤さんと古馬さんの目押し事件に関しては笑いながら楽しそうに聞いていた。

 

「話を聞く限り、本当に良さそうな店舗だね。パーラー・スマイルは」
「はい。他のお店は知りませんけども、かなり良いお店だと思います」
「一緒に働いてる仲間はどうだい?」
「ああ、面白い人達ですよ。さっき一緒に研修を受けてたのが吉田くんと藤瀬さんって言って、二人共ぼくより先輩だけど仲良くしてもらってます。吉田くんはちょっとバカだし藤瀬さんは酒癖が悪いですけども……」
「大熊さんはどうだい? 店長の──……。あいつは適当だろう?」
「あー……。そうですね。めちゃくちゃ適当です。というか大熊店長のこともご存知なんですね!」
「知ってるもなにも、幼馴染さ」
「えー! そうなんだ……! 意外です……!」
「私がこの会社のギャンブル依存問題対策研修で講義する事になったのも、大熊の紹介だよ。あいつは何も言ってなかったかい?」
「いやー全然。初耳ですね。そうなんだ……。へぇ……! 面白いなぁ」
「面白いかい? そりゃ何よりだね」
「あとは──……。阿久さんっていう大先輩がいるんですけど、その人は何考えてるか分からないっていうかちょっと怖くて……。あ、でもこないだは珍しく少し褒めてくれたっけ……へへ」
「阿久? って、もしかして阿久牧子かい?」

 

先生が初めて驚いたような表情を作った。冷静沈着。常に半笑いで斜に構えてるイメージだったので、なんだか新鮮な感じがした。

 

「はい、その阿久さんです。大熊さんはアクマちゃんって呼んでますね──……」
「そりゃあ……。へぇ。少々意外だな……」
「え、意外というと」
「そりゃ君、だって彼女は……──。いや、これは私の口から言う事じゃないか。忘れてくれたまえよ、少年」
「うわぁ……。めっちゃ気になるんですけど……。え、なんですか。もしかしてあの二人ってそういう……甘酸っぱい系の話? ですか? えー! 気になる!」
「いいや、それは無い。無い無い。というか前から思ってたけど、君ちょっと女子力高くないか? やたら甘いもの好きだし……。まあ個人のセクシャリティについてあれこれ言うつもりはないんだがね。……とりあえず、阿久君に関してはあまり詮索しないでやってくれたまえよ。大人は大変なのさ」

 

仁丹のケースを弾く先生。まあ、詮索するなと言われれば詮索しないに越したことはないけれど、ちょっと気になった。さてどうやって探ってやろうと思案していると、先生があからさまに話題を変えてきた。

 

「ときに菅原くん、本当に気をつけたまえよ。お客さんの様子は」
「……え? どういう意味ですか」
「さっきの講義でやった内容さ。メモを取りながら聴いてたろ」
「ああ……。依存症……じゃなくって、ギャンブル障害? でしたっけ。ギャンブリング、ディス? なんとか」
「ギャンブリング・ディスオーダーだよ。君たちスタッフさんがいちばんギャンブル障害と近い場所にいるんだ。もちろん会社の法務や広報、営業や人事だってギャンブル障害と無関係ではない。けれど、一番近くで気づいてあげることができるのはなんてったって、君たちなのさ」
「気づいてあげる……ですか」
「そう。さっき聞いた話じゃ、パーラースマイルにはそういう悩みを抱えてる人は居ないらしいが、それだって当たり前だとおもっちゃあいけないぜ? 常に意識して、変化を感じ取る……」
「あ、それって──」

 

ふと、最初にパチスロコーナーに立った日のことを思い出した。何をやればいいか分からず困惑していたぼくに、阿久さんは似たような事を言っていた。

 

「つまり、まずはホールの様子を観察すること。お客さんの顔を把握する事……ですか?」
「そう。その通り。まずはどんなお客さんが来てるかをよく観察して、それからそれぞれのキャラクターを把握すること。コミュニケーションを密にとるのもいい。そうすれば年金で遊んでるはずのお爺ちゃんやお婆ちゃんがバカスカ入れてるのにも気づく。時間もそうだぜ。ちゃんと見てれば保育園にお子さんを迎えに行くはずの時間に打ってしまっている人や、会社を休んでまで打ちに来てる人……。そういう変化に気づく事ができるのさ」
「なるほど……。変化に気づく……」

 

先生はコーヒーを飲み干すと、また仁丹のケースを弾いた。未だに灰皿を要求しないところを見ると、禁煙チャレンジはまだ継続中らしい。

 

「いいかい少年。ギャンブル障害には原因らしい原因はないんだ。人によってそれぞれそうなってしまった理由があるからね。だけどもひとつだけ、全員に共通する事があるんだ。何か分かるかい?」
「なんでしょう……。パチスロめちゃ楽しいとか、そんな感じですか?」
「違うなぁ。むしろ逆だね。ギャンブル障害に悩む人はね、みんな『打ちたくないのに打ってる』んだよ。打ちたいと思ってないのに、打たざるを得ない理由があるから打ってしまっているのさ。そしてそのせいで日常生活に支障が出ていてる。その状態こそが『ギャンブル障害』なんだ」
「打ちたくないのに打っている……ですか」
「そうだね」
「そんな人、いるんですか……」
「想像付かないかい?」
「ええ。だって先生、打ちたくないなら打たなきゃいいじゃないですか」
「それはねぇ、少年」

 

先生は仁丹を口に放り込みながら、首の骨を一度大きく鳴らしてからこう言った。

──打たざるを得ない状況のひとも、いるということだよ。

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。