パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十一話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十一話

状況が理解出来なかった。出玉バトルとは一体なんなのだろう。いや、それ以前に夫が何故こんなところに? パチンコなんか打たない人なのに、どうしてこんな所にいるのか。助手席に座った菅原。そして運転席の阿久がドアを開いて車外へ出る。後部座席側に立っている夫がドアを空け、ハイヤーの運転手のように左手で降車を促していた。

 

「あなた、一体これは……。なんでこんな所に──?」
「いいから。こっちへおいで」

 

パチンコ店の駐車場。朝日を受けたアスファルトから湿った匂いがした。手を引かれて進む。開店からある程度時間が経っているので、すでに自動ドア越しに色んな効果音が漏れ聞こえてきていた。緊張と不安。漠然とした恐怖感のただなかで目まぐるしく変化していく状況に、さちは思考を放棄した。

 

「いらっしゃいませ! 三浦さま。パーラースマイルへようこそ!」

 

一足先に店内へと入った菅原と阿久がエントランス横で一礼していた。さちの手を引きながら太陽も会釈を返ししている。なぜ夫はこの二人の事を知ってるのだろう。さっき社内で夫から依頼されたと言っていたが、そもそもどうやって夫に接触したのだろうか。ぼんやりと思ったが、そこから先に考えが進まなかった。

 

「へへ。なんか私服でお客さまをお出迎えするのって新鮮ですね、阿久さん」
「……今日だけです。──さて、三浦さま。まずはルールの説明をいたします」

 

ルール。出玉バトル、という単語が頭をよぎった。本当に何かやるつもりらしい。ということは、対戦相手は夫なのだろう。ちらりと盗み見ると、真剣な表情を作ってうなずく夫の顔が見えた。

 

「お二人にはこれから3時間、当店で遊技して頂きます。パチンコ、パチスロどちらを打っていただいても構いません。玉やメダルの貸出料はご自分でご用意ください。メダルは4玉として計算し終了時に合算、より出玉をお持ちの方が勝利です」

 

そこまで喋ってから、阿久が一度言葉を区切った。人差し指を立てて続ける。

 

「その際に、守っていただかなければいけない事がひとつ。実戦する台は必ず太陽さんが選んでください」
「──私が、ですか?」
「そうです。奥様の分も。かならず太陽さんが選んで下さい」

 

夫はパチンコもパチスロも一切打たない。打ったことがない。結婚したばかりの頃、一度ホールに誘ったことがあるが鼻で笑われて終わりだった。パチンコみたいなギャンブルは負けるように出来ているのだから打つのは馬鹿だよ。屈託無く笑いながらそういわれると、無理に誘うのもしつこいような気がして何も言えなくなった。並んで打ってみたい。打ったらきっと楽しいだろうな。そう思っていた時期も確かにあるが、すでにその願望は跡形もなくなっていた。

 

「ねえ──」

 

喉の奥がひりつく。この所ほとんど人と喋っていないので、上手く舌が回らなかった。一度喉を鳴らして、それから続けた。

 

「……ひとつ聞いてもいいかしら」
「どうぞ」
「なんで──わたしと太陽さんが一緒に打たなくちゃいけないの? 何のために、わたしはここに連れてこられたの?」

 

つい先程まで能面のような顔をしていた阿久が、柔らかい表情で頷いた。

 

「疑問に思われるのも仕方ありませんね。ですが、きっとこれは三浦さまにとって……いえ、三浦さまたちご夫婦にとって、必要な事なのだと思います」
「必要な事……?」

 

質問を重ねようとした所で、ミッキーマウスのパーカーを着た菅原が胸を反らして手を挙げた。

 

「そう! 必要なんです。これね、僕が考えたんですよ。ね、阿久さん」
「少し黙っていなさい。ポンコツ」
「えー、だって発案したの僕ですよ。僕も説明したいです!」
「もう説明は終わりました……。ポンコツ。早番を呼んで来なさい」
「ちぇー……。あ、ちょうどそこに吉田くんが……。おーい吉田のカッちゃん。ちょっとこっち。こっち」

 

菅原の招きに応じてフロアからいがぐり頭のスタッフが小走りで近づいてきた。

 

「ポンさんチッス。さっき出禁の人みつかったって言ってましたけど、連れてきたッスかァ……? と、うわ、もういた……!」
「えーとね、吉田くん。こちらが三浦さちさんと、旦那さんの太陽さん」
「吉田ッス! シャス! いらっしゃいませ!」

 

こめかみの辺りを手のひらでも見ながら大きくため息を吐いて、それから阿久が口を開いた。

 

「吉田。私とポンコツは出勤の準備を済ませてきますので、あとは打ち合わせ通りにお願いします。藤瀬にも私から伝えておきますので……」
「承知しましたッス! シャス! ではお二方、どうぞ店内へ!」

 

**********

 

着替えを済ませてインカムを装着する。ワイシャスの襟の部分がちょっとヨレてしまっていたので一度伸ばしてしっかり折り目を付けて、それから髪の毛も少し整えた。今朝は久々に全力で走ってしまったので、何となく身体が汗臭い気がする。クンクンと自分で自分の匂いを嗅いだが良くわからない。普段使っている香水代わりの消臭剤をベストに振りかけるついでに全身に浴びてみようかな。それはそれで変なニオイになる気がしたけど、まあ焼肉屋とかステーキハウスでもよくやるしいいだろう。へへ。

 

「阿久さん、阿久さん、ちょっとこれ背中側にかけて貰えません? シュシュって」
「……余計なものはかけなくて大丈夫です」
「えー、だって僕ちょっと汗クサくないですか? ほらー、今日めっちゃ走っちゃったし」

 

ワイシャツの上から自分の二の腕あたりをクンクンしてると、準備を終えてデスクに座ったままの阿久さんが僕の方に顔を近づけてきた。

 

「……別に何の匂いもしませんね」
「あ、大丈夫でした? じゃあいっか!」

 

事務所の最奥。最近ネットゲーム用に3画面に増設したデスクトップ前に陣取った大熊店長が、頭の後ろで手を組んだ状態で伸びながら防犯カメラの映像を見ている。入社したばかりの頃は店長が普段何をやってるか全然分からず「この人もしかして全然仕事してないんじゃないのか」くらいに思ってたのだけど、最近は内勤も手伝うことが増えたので何をやってるかがちょっと分かるようになっていた。防犯カメラを映像チェックなんかも最初はボケッと眺めてるだけかと思っていたものだけど、いやいや、これは実は結構大事な事らしいのだ。パチンコやパチスロの客付きはもちろん、どんなお客さんが打ってるか。どんな顔で打ってるか。特にパチスロは機種と設定の並びによって稼働率が全然変わってくるので、こうやってカメラで実際に反応をチェックしながら毎日細かく調整しているらしい。

 

「店長、どうです? 三浦さんたち」
「ンー? 今ねぇ……ジャグラーを打ってるねぇ」
「あちゃ。太陽さんパチスロ行ったかぁ……」
「まぁねぇ。だいたいどれを打つとか旦那さんに決められるわけないしぃ。最初は奥さんの意見を聞いたんじゃないのかなぁと店長は思いますぅ。あ、しかも旦那さんの台当たったよぉ」
「え、マジですか……。どうしよう……」
「奥さんが揃えるんじゃないのぉ?」

 

9番のカメラで固定したままの画面。今はパチスロコーナーの奥側3シマを引きの画像で捉えた画角に設定されている。パン・チルト・ズーム付きのドーム型デジカムだ。店長が素早くマウスを操作すると、それに伴って画面の中の画角が変わった。300%のズーム。画質は荒いが、さちさんと太陽さんの後ろ姿がアップになった。確かに太陽さんが打ってるジャグラーのランプが光っているように見える。

 

「あ、あれ? なんで回す。もしや気づいてない?」
「ンー。回してるねぇ。旦那さん初打ちなんだっけぇパチスロぉ」
「そうらしいですね」
「レクチャーなしは無理だなぁそりゃぁ……。奥さん教えてあげる気ないみたいねぇ……。どうするぅ? ポンくぅーん」
「どうするぅって言ったって、これはもう見守るしかないですよ……」

 

やがて、画面の中でちょっとした動きがあった。通路を通りかかった人影が、太陽さんの台の所で立ち止まる。パティスリーエゾエの店主。ゾエさんだった。固唾を飲んで見守る中、ゾエさんは当たり前のように太陽さんの肩を叩き、そして当たり前のようにボーナスを揃えてしまった。口ぶりから太陽さんがパチスロを打ったことがない人だという事が分かったのだろう。その後も隣に経ったまま色々とレクチャーをしている。

 

「ナイス……ゾエさんナイス……!」
「ポンくんも覚えておくといいよぉ。ああいうねぇ、ヌシみたいなオジサンが一人いるとぉ、色々助かる事も多いんだよぉ……」
「いやー、ホントそうですね。伊藤さんと古馬さんの一件ではゾエさん邪魔だなーと思ってたんですけど、もう最近完璧に見直してます僕!」
「おいポンくぅん。お客さんを邪魔モンにしちゃ、駄・目・だ・よぉ……」

 

ボーナスを消化した辺りで、太陽さんがゾエさんに向かって手をふるのが分かった。ヤメる? ゾエさんが何やらまたレクチャーをして、太陽さんがそのとおりに動く。どうやらクレジットをオフにしてメダルを落としたらしい。それから隣で打つさちさんに何事か告げると二人して席を立った。どうやら移動するらしい。パチスロは教えて貰いながらじゃないと無理というのがようやく分かったらしい。三浦夫妻はそのまま、パチンコのシマへと移動した(ちなみに余談だけども、ボーナス後に即ヤメされた太陽さんの台はジャグ連狙いのゾエさんに当然のごとくハイエナされるも、ゾエさんはそこから350ゲームほどハマっていた)。

カメラを切り替えたりパンさせたりして、二人の移動先をチェックする。大工の源さん。ダンバイン。そして花の慶次。旦那さんが2歩先を歩きながらキョロキョロと首をめぐらしつつシマを見て回る。やがて二人は、ひとつの機種の前で立ち止まった。

それは、とあるハリウッド映画を元にした旧基準の甘デジだった。店長がカメラをズームする。4番カメラはパチンココーナーのど真ん中から360度のパンが可能な最新機種になっていた。今、そのカメラが甘デジコーナーに佇む夫婦を右斜め上から俯瞰で見下ろしている。太陽さんが優しく微笑みながら何かを呟いている。内容はカメラが映し出す口の動きで分かった。

──ああ、懐かしいね。これにしよう。

 

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。