パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十二話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十二話

甘デジか。心の中で呟いてから促されるままに席に付いた。隣に夫が座る。財布から一万円札を取り出してサンドの投入口に入れた。出玉バトル。何故わたしはこんな事をしてるのだろう。先程からずっと思っていた疑問だった。そもそも戦って何になる。目的が分からない。

ふと隣に目を向けると、夫がお札を持ったまま左右に首をめぐらしているのが分かった。投入口が分からないらしい。

 

「左……」

 

小さくそういうと、夫がサンドの上部に開いた投入口に気づいた。パチスロの時は特に何も聞かれる事はなく、わたしがやるのをそのまま真似して投入していたけど、今回は画面に見入っていて見逃したらしい。しかもパチスロとパチンコではサンドの位置が逆なので、スッと理解できなかったのだろう。

 

「ありがとう」
「……ううん」

 

夫はサンドの方に人差し指を立てたまま、その先を上下に迷わせている。ああ、なるほど。パチスロはサンドに貸し出しボタンがあったけど、パチンコは筐体に貸し出しボタンがあるので混乱しているらしい。暫くそのまま放っておいたが、一向に気づく気配がない上に返却ボタンを押してしまったのかICカードが戻ってきていた。こちらを見て、眉を下げて笑っている。いよいよため息が出た。

 

「そのカード、もう一度入れて。出てきた所にそのまま」
「ここでいいのかい?」
「そう。そして、こっちの所にボタンがあるから。貸出って書いてある方を押して──」
「ホントだ。玉が出てきた」
「うん。それで打って」
「このハンドルを握ればいいのかな」
「うん。……もうちょっと戻して。玉は左側に落とすようにして」
「分かった。どうなれば当たり何だい?」
「その……画面の下の始動口──。ここの所に玉が入ると大体1/100で抽選が受けられるから。あとはもう画面を見て──」

 

暫く簡単なレクチャーをしたあと、ようやくぼんやりと納得したらしい夫から目を離して自分の台に意識を向けた。夜の工場を背景にした画面。機械的なデザインの図柄が目まぐるしく変動している。暫くそのまま黙ってハンドルを握っていると、画面が激しくフラッシュして保留玉が青に変わった。

 

「すごく派手だね……」

 

わたしの打っている台を横目で見ていた夫がつぶやく。無視して画面を見ていると、そのまま擬似連演出が続いてSPリーチに発展した。ポリゴンモデル化されたキャラクターがアップで映し出される。

 

「おお、シュワちゃんだ……。すごいな。似てるね。なあさち」

 

無言で頷いて、それからまた画面に意識を向ける。次はリンダ・ハミルトンにそっくりな女性キャラクターがタンクトップ姿で登場し、これまたロバート・パトリックにそっくりなキャラクターが警官の格好で現れた。

 

「おお……。サラ・コナーとT-1000が戦ってる……! これはもう当たるのかい?」
「ううん。まだ分からないの。保留が弱いから」
「保留……?」

 

現在消化中の保留はチャンスアップで一度変化したものの、未だ緑色だった。リーチ自体が弱い事もあり、これはあまり期待できない。その辺を説明しようかとも思ったけど、上手く伝わる気がしなくて「うん」とだけ返した。

液体金属のターミネーターを相手にウィンチェスターで応戦するサラ・コナー。実際の映画ではサラが使っていたのは確かハンドガンで、散弾銃を使うのはT-800だったハズだ。飛び散ったショットガン・シェルがCGで描かれたT-1000の胸に無数の穴を開け、それがゆっくりと塞がっていく様は当時のテレビCMにも採用されていた。

 

「あー、これ最後のシーンだね。レミントンを使うシーンだ」
「……レミントン?」
「そう。最後さ、T-1000が動けなくなったあと、サラ・コナーが使うヤツだよ」
「散弾銃を使うのはT-800でしょ」
「サラも使うよ最後。片手でポンプアクションしてさ……こうやって。カシャッ。バーン! カシャッ……バーン! 覚えてない?」

 

全く記憶がない。ターミネーター2のショットガンと言えばウィンチェスターだろう。バイクに跨ったまま、スピンコッキングで弾丸を装填する場面は今でも鮮明に覚えている。

 

「あったっけそんなシーン……」
「あったさ」

 

結局、サラとT-1000のスーパーリーチは外れた。画面が暗転し通常のステージに戻る。ウィンチェスター。レミントン。懐かしい単語だった。夫は映画に出てくる銃器が好きで、結婚する前はモデルガンの収集に精を出していた。昔はよく映画を観た後にあの銃はどうだとかこの銃はどうだとか楽しそうに解説しているのを聞いていたものだけども、そういう機会もすっかり無くなってしまった。

 

「最後は再起動したT-800がグレネードランチャー……あれはM79かな。MM1だったかもしれない。それでT-1000を撃って……それで溶鉱炉に落ちて終わりさ。ハッキリ覚えてる」
「そう……。分かった」
「うん」

 

キリがない会話を打ち切って、また画面に集中する。今度は夫の画面に動きがあった。先程のわたしの台と同じく、先読みから緑保留。そしてSPリーチ。発展先はまたもサラ・コナー対T-1000だった。

 

「お。こっちにも来たぞ。これは当たるんじゃないかい」
「あなた、打ち出しを止めて。いま打ってももったいないから」
「あ。ああ……。ハンドルを離せばいいのかい?」
「それから、ハンドルの横のところ……親指の所に打ち出しを止めるボタンがあるから。それを握って」
「……これか。ホントだ。止まった」
「うん」

 

夫の言う所のレミントンを構えたサラがT-1000に向けて何度か発砲する。場所は溶鉱炉に見えるので、やはり映画の最後のシーンを再現しているのだろう。T-1000の攻撃でレミントンを落とすサラ。どこからか取り出したハンドガンに持ち替える。

 

「これ……ブローニングか? このシーンは流石に無かったね……と、なんだこりゃ」

 

突如、シュワルツェネッガーの顔が大写しになる。チャンスアップだ。派手なフラッシュと共に画面が切り替わり、サラを助けにT-800が参戦する。

 

「おお! かっこいい! ほら! シュワちゃんはウィンチェスター。サラはレミントンを持ってるだろ。今! ほら! スピン・コッキングしたよ。芸が細かいなぁ。サラが持ってる方はポンプアクション。映画だとサラも最後片手なんだけどな……。これグレネードランチャーは出てこないのかな?」

 

子供のようにはしゃぐ夫。緑保留のままなので多分ハズれるのだけど、それを教える隙もなく喋り続けている。一連のリーチアクションが終わり、最後に「レバーを引け!」という指示が出た。

 

「これは……?」
「そこの、下皿の直ぐ側にあるレバー。これをグッと引いてみて」
「うん……。こうか?」

 

夫がレバーを引いた瞬間、爆音と共に画面が七色に輝き、ロゴ役モノが落下してくる。大当たりだ。そうか。これは甘デジだ。初当たり確率自体が高いので、弱めの演出でもそれなりに当たるようになってるのだろう。

 

「うおっと……! ビックリしたァ! なんだこりゃ……!」
「おめでとう。当たりよ」
「当たったのかこれ!」
「うん」
「……ど、どうすればいいんだい?」
「今はまだ大丈夫。ちょっとしたら右打ちの指示がでるから、そしたらハンドルを一杯捻って、今度は右側に玉を落とすの」
「右だな。よし、分かった……」
「下の皿が一杯になったら、ここの所……ここにレバーがあるからそれを押して。そしたら玉がハコに落ちる仕組みになってるの。ハコが一杯になったら店員さんがハコを降ろしにくるから……」

 

とは言えこれは甘デジ。継続率は高いがその分突入率は35%なので、そう簡単に連チャン状態にはならない。ちらりと夫の横顔を見た。大当たり中のムービーを食い入るように見ながら、満足そうに微笑んでいる。夫の笑顔を目にするのは、久しぶりな気がした。

 

「しかし最近のパチンコって凄いんだなぁ。ものすごく似てるじゃないか、シガニー・ウィーバー」
「……え?」
「シガニーだよ。サラ・コナー役の」
「違うわよ……。リンダ・ハミルトンでしょ」
「あれ? そうだっけ」
「シガニー・ウィーバーは『エイリアン』よ」
「あー……。そうだった」
「あなた、何で銃の名前はスラスラ出てくるのに役者の名前は出てこないの」

 

昔からだ。夫は昔からそうだった。彼がわたしに銃器についてうんちくを述べたのち今度はわたしが役者の名前を教える。高校生時代から何も変わっていない。初めてのデート。夏休みの初日に渋谷のミニシアターでリバイバル上映されていた『ターミネーター2』を二人で観た日から何も。

 

「あ……」

 

思い出した。あの日。映画のラストシーン近くで、不意に手のひらに甘い感触がしたのだ。隣に座る彼から手を握られたと気づいた瞬間座席ごと吹っ飛びそうなほど驚いたけども、特にそれを振りほどきもせず。微妙に握り返しながら、心ここに有らずで画面を見ていて。なので、以降のシーンがすっぽり記憶から抜けているのだ。

サラ・コナーは、レミントンを撃ったのかも知れない。

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。