パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二話

20XX年。5月某日。

 

 S駅に初めて降り立ったぼくの感想はただひとつ。「めちゃ寒い」だった。もう梅雨の時期だというのに信じられないくらい寒い。今朝方ニュースで季節外れの寒波です的な事を言っていたのだけども、こんなに寒いならもっと深刻な感じで言って欲しかった。改札を抜けて駅舎を出る。コートの前を合わせ、肩を抱くようにして震えながらバス停を探すと、すぐ目の前のロータリーにちょうそれらしき車が停まっていた。走って近づきながら案内板を確認する。やった。やっぱり目的のバスだ。慌てて飛び乗る。空いてる席に座ってホッと息を吐いた。

 

──記念すべき初めての『店舗勤務日』だ。

 

 ぼくが配属されたのは北関東にある『パーラー・スマイル』というぱちんこホールだった。一ヶ月に渡る本社研修の間に配れた資料によれば、その店は『ぱちんこ遊技機』が150台、そして『回胴式遊技機』が210台設置してある中規模の郊外型店舗……ということだったけど、それがどのくらいの大きさのお店なのか、普段ぱちんこを打たないぼくにはいまいちピンと来ていない。ちなみに『ぱちんこ遊技機』『回胴式遊技機』というのはそれぞれ『パチンコ』『パチスロ』の法律上の名称らしい。とはいえパチンコとパチスロの違いも良く分かってないので、結局の所それは単語単語で結びつけて覚えているだけの単なるキーワードに過ぎなかった。本能寺の変が1582年とか。大政奉還が1867年とか。ぱちんこ遊技機が150台とか。ね。全く同じだろう?

 

 エンジンが唸りを上げ、バスがゆっくりと動き出す。なんだか緊張してきた。深呼吸して気持ちを落ち着ける。ここに来るまでの電車で既に一時間近くバッテリを消費していたので、帰りのことを考えてここではスマホを触らない。流石に職場で充電出来るだろうけど、出来ない可能性だって無くはない。手持ち無沙汰を紛らわせる為、窓から景色を眺めて過ごす事にした。駅前の商店街を抜けて、古びた日本家屋が並ぶ県道へ。少し北上して右折。今度は左折。工場地帯らしき一帯を通過したら一度短いトンネルがあって、それを抜けると田植えが終わったばかりの水田が見えた。先の方に白く霞が掛かった山の稜線が確認できる。コロコロと色合いが変わる田舎の風景。旅行でもしている気分になった。

 

「……失礼。観光の方ですか?」

 

 不意に声をかけられて我に返った。目を向けると、通路を挟んだ逆側の席に座る老人が、笑顔でこちらを見ていた。周りを見渡す。老人が話しかける事ができる場所にはぼく意外誰もいない。というかガッツリと目も合っていた。完全にぼくに向けられた言葉だ。

 

「はい……。あ、いえ。違います。いや、そうなんですけど、違うんです」
「ん……?」
「いえ、ぼく今日からこの街で働くことになって……。その、初めて来たんですよ」
「ああ、なるほど……。とても面白そうに窓の外をご覧になってたので……。そういう事ですか」
「へへ……。そうなんです……」

 

 ぼくはビジネススーツ姿だったのだけど、寒さのあまり一度クリーニングに出した冬物のコートを引っ張り出して着ていた。カーキ色のモッズコートだ。膝の上にはとりあえず持って行こうと研修資料を全部詰め込んでぱんぱんに膨らんだリュックもあるので、たしかに観光客に見えなくもない。そう見えちゃうのも社会人としてどうなんだ! と思わなくもないけれど、言ってもまだ一度もお給料日を迎えて無いので、実際の所まだ社会人デビュー前な気もする。

 

「何もない街でしょう……。ガッカリされましたか?」
「いえ、とんでもない──……! 面白いですよ」

 

 面白い、という単語が気に入ったのか、老人はちょっとだけ首を上げて笑った。短く刈り上げた白髪頭。アーガイルのニットの上にジャケットを羽織っている。パンツにはきっちりアイロンのあとが残っていて、身なりが良い。直感的に、引退したどこかの偉い人だろうなと思った。

 

「初出勤……。ですかァ……」

 

 老人はひとり言のようにつぶやいたあと、腕時計に目を向けた。

 

「今からご出勤ですか?」
「はい──。しばらくはお昼からなんですよ。朝からのこともあれば夕方からの事もあるらしいんですけど、ぼくはまだ研修中なんでずっと真ん中です。お昼から夜まで……」
「それは……。私の仕事と真逆ですね。私は深夜から今までです。今日の仕事はもう終わりました──」

 

 言いながら、バッグから何かを取り出してこちらに向けてきた。ビニール包装された白くて丸いもの。お菓子だった。おもち?

 

「大福です。和菓子屋なんですよ。良かったらいかがですか?」
「え、頂いていいんですか? ありがとうございます!」

 

 通路を向こうに手を伸ばして手のひらで受け取る。包装から中身を取り出して口に含んだ。柔らかい触感の後、甘い餡の味が口いっぱいに広がって──幸せな気分になった。脳に栄養が行き渡るようだ。ゆっくり噛み締めながら、目を閉じて味わう。

 

「うわぁ……。こりゃ美味しいですね……!」
「はは。ありがとう。男性でそう言ってくれる人はなかなか珍しいですよ」
「いやぁ、ぼくは甘いものに目がなくて……。お店はこの辺でやってるんですか?」
「はい。近いですよ。今度ぜひ来てください」
「行きます! ぜひ!」

 

 車内に運転手さんのアナウンスが響く。次の停車地は──。上手く聞き取れなかったので車内前方の案内表示に目を向ける。おっと。思わず声が出た。

 

「あ、次だ。ぼく次降ります──」
「おや。奇遇ですね。私もです。じゃあ……降りましょうか」

 

 降車ボタンを押してリュックを背負う。バスを降りると、前方に巨大な看板が見えた。『パーラースマイル』だ。息を飲んだ。次におぉ、と声がでる。そりゃ研修資料で写真も見たしインターネットでも調べた。逆に何度も見たせいかもしれない。妙な感動があった。ついスマホを起動して写真を撮影したい気分になった。

 

「では私はこれで……」
「あ、どうも、お世話になりました。大福、美味しかったです!」
「初出勤、頑張ってくださいね」

 

 老人は笑顔を浮かべたまま、お辞儀をしながらぼくの横をすり抜けていった。会釈を返してその背中を見送る。仕立てが良いジャケットはそのまま『パーラースマイル』の看板の方と消えていった。広い駐車場の先。赤い塗装の建物。巨大なスマイルマークをあしらったオブジェが掲げられる扁平な屋根。つい、声が漏れた。

 

……へぇ! お客さんだったのか!

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。