パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第七話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第七話

 パチスロコーナーに立ち始めて数日。最新機種コーナーのお客様は流動的で日によって顔ぶれが違うけれど、定番機種とバラエティは毎日だいたい同じメンツが並んでいる。阿久さんの指示に従ってフロアを練り歩くうちに、段々と見知った顔ができてきた。

 

「菅原ちゃん。おはよう」
「ああ、アゲハさん。おはようございます。カメさんも」

 

 アゲハさんとカメさん。このお客様たちもここ数日で仲良くなった常連さんだ。カメさんは駅前で「万年堂」という文房具屋さん兼居酒屋という良くわからないお店を営む80代のお爺さんで、アゲハさんはそこの常連さんらしい。

 

「今日はどれが出る? 教えてよ菅原ちゃん」
「あはは。ぼくにはそういうの全然分からないんですよぉ」
「またまたァ。ホントは知ってるくせにィ。おちえておちえて……!」
「あはは──」

 

 妙に色っぽいしなを作ってぼくの二の腕あたりをつんつんしてくるアゲハさん。話だけなら役得っぽく聞こえるかもしれないけれど、まあ実際見たらなるほどなという感じがするに違いない。絶妙に年齢不詳。ぼく母親と同じくらいにも見えるし、もうちょい上にも下にも見える。ガッツリと塗り固められたファンデーションと薄暗い照明が相俟って、なんなら国籍も良くわからない。

 

「ちょっとぉ。やめて下さいよぉアゲハさん。あはは……! カメさん助けて助けて」

 

 体毛という体毛がないせいか、なんだかつるんとした印象の顔に地蔵のような微笑みを湛えながら、カメさんはこちらを見て一言「みんな、仲良くせなアカンよ?」と言った。それから震える手でゆっくりとレバーを叩き、ボタンを押す。今までぼくに絡んでいたアゲハさんが、その様子を見て慌てたようにカメさんに近づいた。

 

「ああ、カメちゃん。ダメダメ。それもう当たってるから。ほら、揃えるからね」

 

 言いながら横から手を出してボーナス絵柄を揃える。派手な効果音とともにボーナスゲームが始まると、カメさんは笑顔のまま、手のひらのシワとシワを合わせて拝むようなポーズのまま上体を傾けた。おおきにね。なんだか心の声が聴こえた気がした。完全介護パチスロ。ぼくはこっそりこの方式をそう名付けていた。

 

「おめでとうございます、お客様!」

 

 一礼して踵を返して、次にジャグラーコーナーへ向かう。通路を挟んでふた島あるジャグラーコーナー。メダル計数機から見て右手が『マイジャグラーIV』と『アイムジャグラーEX』。左手には『ファンキージャグラー』と『ゴーゴージャグラーKK』そして『マイジャグラーIII』がある。ひとくちにジャグラーと言っても色んな種類があることを、ぼくはつい最近覚えた。とは言え基本的にはどれも一緒で、あの綺麗なランプが光ったら当たり。1枚掛けで図柄を揃えればいい。この単純さが人気の秘密になっていて、このシリーズが幅広い年齢層から支持を集めている理由だった。

 

 端っこから通路を眺める。今日も見知った顔があった。左手の『マイジャグラーIII』に伊藤屋の大将こと大福のおじさん。そしてその隣に古馬よし江さん。さらにその隣にはアロハのおじさんことパティスリー・エゾエの大将がいた。アロハのおじさんはしきりに古馬さんに話しかけ、古馬さんもそれに笑顔で答えている。和気あいあいとした雰囲気だ。どこかのタイミングでまた彼女に渡すつもりなのだろう、ケーキの箱が台の上にスタンバイされているのをぼくは見逃さなかった。ふんす。つい、鼻から息が漏れた。

 

 この数日彼らの様子を観察して分かった事がいくつかある。

 まず、この三人の中で完璧な目押しができるのはやっぱりパティスリー・エゾエさんだけらしい。大福のおじさんと古馬さんはぼくとどっこいどっこいの初心者で、目押しはてんで駄目だ。そしてケーキ屋が目押しを手伝うのは古馬さんの大当たりランプが「ペカった」時だけで、大福のおじさんの分は決して手伝わない。いい年して意地悪してるのだ。おじさんは毎回たっぷり10ゲームほどかけて、バツが悪そうにボーナスを揃える。それでも彼がジャグラーを辞めないのは、隣の古馬さんが「もう少し!」とか「惜しい!」みたいな感じで、いつも応援するからだ。ぼくの目には、それはそれで楽しそうに見える。実際、エゾエさんに目押しをして貰っている最中、古馬さんは何となく恥ずかしそうにしているようにも見える。

 

 観察しながら考えているまさにその時、古馬さんのランプが光った。右隣に座る半分ハゲたケーキ屋が、半袖のアロハを更に腕まくりするようにして肩をぐりんぐりん回す。いっちょこの、ゾエさんが揃えてやっから。口の動きで何を言ってるか分かった。笑顔のまま、いつもありがとうねと言う古馬さん。なに、良いってことよ。それよりよし江ちゃん、どこぞの和菓子屋の大福なんかより何倍も旨ェケーキがあるんだけどさ、よかったら食べてよ。

 

 ふんす。ふんすふんす。よくも大福のおじさんをバカにして。今に見てろよ、ケーキ屋め……! ぼくにだって考えがあるのだ。なんだか闘志が湧き上がってきた。

インカムの通話ボタンを押した。

 

(……店長、店長。こちら菅原。応答願います)
(あァい。聴こえるよォ。どうしたポンくん)
(今晩もいいですか。特訓)
(またァ? 今日もやんのォ? ここン所毎日じゃない?)
(はい──……。お願いします)
(まァ、業務に役立つ事だから止めろとは言わないけどサァ……。あんまり無理しちゃ駄目だよォ)

 

 実は先日の「ポンくん大歓迎会」のあと、ぼくは「目押し」の修行を始めたのだ。飲み会最中に思いつき店長に相談した所「閉店後、責任者が居る時だったら別にいくらでも練習していいよ」との許可が貰えたので、翌日から早速始めた。店長は基本的に閉店業務の時間は店に居るので、そこから日付が変わるくらいまで練習して、それから車で送って貰う。店長もぼくも家が埼玉でそれなりに近所だったからこそできる荒業だった。なんせS市の終電はめちゃめちゃ早い。午後10時過ぎには交通手段がなくなる。改めて、北関東の恐ろしさが身に染みる事実だった。

* * * * *

 その日の夜だ。B番の業務終了後。駅前で晩御飯を食べたり漫画喫茶で時間を潰してから再び「パーラースマイル」へと戻った。午後10時きっかりに照明が落とされたエントランスを横目で見ながら従業員通路を抜ける。普段は色んな音が重なり合って大層賑やかなホールも、お客様の姿が消えた途端、逆に静けさばかりが際立って不安になる。なんだか、忘れ物を取りに戻った放課後の学校を連想させた。

 

「あら、ポンさん今日も練習ッスか」

 

 事務所では、遅番の吉田くんが私服に着替え終え、ちょうどタイムカードを押している所だった。他には店長と、それから阿久さんもいる。阿久さんはA番なのだけども、なぜだかいつもホールにいた。深夜の目押し練習を始めてから気づいたけども、果たして一体、この人はいつ家に帰ってるんだろう。会釈しながら、とはいえ今は自分も似たようなものだなと思った。

 

「うん。最近だんだん出来るようになってきたよ」
「まあ、目押しなんか慣れたら簡単ッスよ。大丈夫大丈夫──。んじゃ、おつかれさまッした」
「はい、おつかれさま」

 

 吉田くんが去っていったあと、阿久さんが立ち上がった。

 

「店長、他になにか作業はありますか?」
「いーや。何もないよォ。いつもありがとうねェ」
「……それではわたしもこれで。帰宅いたします」

 

 そのまま事務所を出ようとする阿久さん。思わず声をかけた。

 

「あの、阿久さん!」
「……何か?」
「服……。着替えないんですか?」

 

 阿久さんは膝丈の黒いタイトスカートにブラウス。そしてベストにネクタイの出で立ちだった。左胸にネームプレートも下げたまま。なんならインカムも付けたままだった。彼女は扉の前で姿勢を伸ばして、無表情のままこう答えた。

 

「家に帰るまでがホールスタッフです。……失礼します」

 

扉が閉まる。あっけに取られたまま、店長を見た。マウスを操作しながら、口の端を僅かに上げて笑っている。

 

「いやァ。ホールスタッフの鑑だねェ、アクマちゃんは」
「ど、どういう事……?」
「まァ。色々あるんですよォ。彼女にもねェ……。ポンくん、そこの配電盤。AからGまでのスイッチ切っちゃって。打つのは今日もジャグラーでいいでしょ?」
「あ、はい。ジャグラーです」
「そしたら、561番台。今日そこ実は設定6だったから。そのままそこで練習してェ」
「設定6……。え、設定6って、一番当たりやすい奴ですか?」
「そう。たまにはウチだってねェ、入れるんだよねェ……」
「了解しました! じゃ店長、後ほど!」
「あァい。頑張ってねェ……」

 

 薄暗いホール。洗浄済のメダルを箱に詰め込んで指定されたジャグラーに座る。マイジャグラーIV。データ表示機を見ると殆ど当たりが付いていない。どうやらこの設定6はお客様に気付かれなかったようだ。可哀想に、と思った。台だって、折角6だったら一杯打って貰いたかったろうに。よし、その分ぼくが一杯ペカらせてやろう。勢い込んでメダルを台に投入して、レバーを叩く。ボタンを押す。流石設定6だ。20ゲームほどで直ぐにランプが輝いた。

 

「よし──1枚入れて……」

 

 この数日の練習で、ぼくの目押し力は格段に上がっていた。要はタイミングなのだ。パチスロのリールは1周約0.75秒。途中で早くなったり遅くなったりしないので、光る図柄が見えるリズムをとって、そのタイミングで押せばいい。しかもパチスロの図柄は最大で4コマ滑る。当たりのランプが既に光っている時はちょっと早めに押しても滑って揃ってくれるので、つまり、ちょっと早めに押すのがコツなのだ。

 

「トン、トン、トン……。ここだ」

 

 ボーナスが揃う。よし。一発で揃った。メリーゴーランドみたいな音楽にあわせて、ノリノリでボーナスゲームを消化する。ぼくはこの曲が好きだ。ホントに幸せな気分になる。ボーナスが終わって、次にランプが光ったのは5分ほどしてからだった。また1枚掛けで図柄を狙う。タイミング。リズム。トン。トン。トン……。一発で揃う。光る。揃う。揃う。揃う──。

 

「ポンくゥん……。そろそろ帰るよォ……」
「あ、店長、聞いて下さい! 8回もペカりました!」
「おお、流石設定6だねェ……。まあお客さん打たなかったけどねェ……」
「店長店長! しかも、今日はなんと、全部一発で揃えました! ぼく。目押し極めたかもしれません」
「そうかァ。良かったねェ、ポンくん。将来有望じゃないかァ」
「へへ。パチスロ楽しいですね! 店長」
「まあ設定6だからねェ……」

 

 店長と並んで出口へ向かう。タイルカーペットの感触。ふと、パチスロ機が立ち並ぶ通路の向こうに、気配を感じた気がした。立ち止まる。目を凝らす。照明が落とされた店内。パチスロの筐体から漏れる僅かな明かりに照らされた暗闇の奥──。

 

「……どうしたのォ。ポンくん」
「いま、誰かいませんでした?」
「ンー……」

 

 店長は、口の端を上げてちょっと笑った。

 

「ああ……。なるほどね」
「え、なんですか。なんですか店長」
「まあ、ポンくんはまだ知らなくていいのサァ──」
「え、怖いやつですか。ぼく怖いやつ駄目なんですけど」
「怖くない怖くない。大丈夫大丈夫……。さァ。帰ろうかァ──」
「なんですか店長。さっきのなんですか──……?」

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。