パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十一話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十一話

常連のみなさまが見守る中、ぼくの言葉を受けた伊藤さんが立ち上がった。

 

「なんだい伊藤屋。お前──……」
「シッ! エゾエさんちょっと静かに! いま良い所なんですから!」

 

意地でも古馬さんの目押しを手伝おうとするエゾエさんのアクションを押し留めながら、一礼して通路をあける。伊藤さんはちょっとはにかんだような笑顔で、そっとその手を古馬さんの肩に置いた。古馬さんは目を丸くしている。

 

「え……?」
「よし江ちゃん。私もね。出来るようになったんだ。目押し」

 

リールの動きに合わせて僅かに見える星型の輝き。伊藤さんは目を細めるようにしてそれをしばらく眺めたあと、右手をポン、と一度上下させた。続けてポン。ポン、ポン──。

 

「ほら、このリズム。いいかい、よし江ちゃん」
「うん、わかった──……いくね」

 

肩に伝わるリズムにあわせて、古馬さんが左リールの停止ボタンを押す。大丈夫。上手くいきます。上手く──。7図柄はピタリと上段に止まった。続けて中リール。伊藤さんが肩を叩くリズムが変わり、それに合わせて古馬さんが停止ボタンを──。

ああ、惜しい。誰かが呟いた。アゲハさんだ。見ると、中リールに7図柄は止まっていなかった。恥ずかしそうに笑う古馬さん。エゾエさんが舌打ちした。

 

「おい伊藤屋、だからこのゾエさんが──! な、なんだよもうポン、どけよ」
「ちょっとエゾエさんお願いですから座ってて──。ドンマイですよ古馬さん! 次、次ィ!」

 

1枚掛けで再び回されるリール。次のゲームはリプレイが揃った。もう一度レバーを叩く。左リール。中リール。テンパイだ。また伊藤さんが古馬さんの肩で刻むリズムが変わる。常連のみなさまが固唾を飲んで見守る中、右リールの図柄は揃わなかった。ああ、と吐息が漏れる。

 

「ごめんなさいね。わたしなんだか緊張しちゃって──!」
「大丈夫だよ、よし江ちゃん。上手くなってきてる。次はきっと揃うよ」
「伊藤さん……。うん。そうね。……わたし頑張るわ」

 

揃わない。揃わない。揃わない。その後も惜しい所までいくも、図柄は揃わない。見ると、なぜかパチンココーナー担当の吉田くんと藤瀬さんも島の端っこに来てこっちを見てた。異変に気づいた他の島の常連さんたちも少しずつ集まってきている。

大丈夫。次。うまくなってきてるよ。惜しかったね。古馬さんと伊藤さんが声を掛け合う。肩のリズム。どうやら力が入り過ぎたのか、ぼくは自分で右手を強く握り込んでいてちょっと痺れていた。

 

「がんばって! よし江ちゃん! 伊藤ちゃん!」

 

アゲハさんが立ち上がって声援を送る。亀さんが両手のシワを合わせて拝む。あまり親しくしたことがない常連さんたちも。それから先程からジャグラーの島に座る女性の常連さんも。みんな真剣な表情で二人の姿を見ていた。エゾエさんが喉の奥から声を絞り出すように何事か呟いた。頑張れ大福屋。ぼくの耳にはそう聞こえた。

迎えた何度目かのチャレンジ。ついにまた7絵柄がテンパイした。

重苦しい静けさが島を占領する。椅子に座ったまま古馬さんが顔を上げてゆっくり頷く。肩に手を置く伊藤さんが、優しくほほえみながら頷き返す。ぼくの頭には、いつか阿久さんから言われた一言が蘇っていた。

──パチスロは、図柄を揃える瞬間が一番楽しいものなのですよ?

肩のリズムに合わせて古馬さんが最後のリールを止めた。7絵柄が、一直線に揃っていた。それからファンファーレが鳴り響いたその瞬間、周りの常連のみなさまは一斉に立ち上がって歓声を上げた。笑いながらハイタッチをする伊藤さんと古馬さん。二人に一歩近づいて、ぼくはようやく本当にこのセリフが言えた気がした。

 

「おめでとうございます、お客様──……!」

 

アゲハさんが。カメさんが。エゾエさんが。その他色々な常連さんが二人に祝福の言葉をかける。見ると、先程からジャグラーに座ったままぼくらの様子を見ていた女性の常連さんが、あっけにとられたような顔で遊技の手を止めていた。目が合う。会釈した。

 

「へへ。あのお二人、パチスロ初心者なんですよ。やっと今日自分で──ううん、自分たちで目押しをして。ちょうど今成功した所なんです。へへ」
「……なんなんです?」
「え?」

 

女性のお客さんはちょっとだけ目を伏せて、それからこう言った。

 

「なんなんですか、このお店」
「え。なんなんですかって。パチンコホールですけども。あ、もしかして哲学的なアレですか? えーぼく哲学の授業真面目に受けて無くて……。ンー。すいません。パチンコホールですとしか」

 

女性のお客さんは舌打ちをして、それから少しだけ残ったメダルを箱に移すと、そのまま立ち上がって通路の奥に消えていった。しまった。もしかして何か機嫌を損ねるような事をいってしまったのかもしれない。一瞬追いかけようかと思ったけども、それより早く肩を叩かれた。伊藤さんだった。

 

「菅原さん! ありがとう!」
「……え? あ、ぼく別になんにも──」
「いやぁ! そんなことはないよ。菅原さんの助けがあったから、私と──それからよし江ちゃんは目押しが出来たんだ」
「別にそんな大したこと……。え。ぼくのお手柄ですか? ほんとに? えへへ。たしかにまあ、休日返上で特訓しましたもんね。二人で」
「ええ。あのおかげですよ!」

 

休日の特訓。それは、ただの目押しの修行じゃなかった。つまり「他人の目押しの補助」の練習だ。スタッフであるぼくは休日にパーラースマイルに足を踏み入れる事ができないので、近所の別のお店にいって、お互いに交代で肩を叩きリズムを取りながら、目押し補助の練習をしたのである。

 

「本当に何て言ったらいいか……。ありがとうね、菅原さん」
「いえいえ。お客様に楽しんでいただければ何よりです。それではみなさま、ごゆっくりお楽しみください!」

 

深く礼をして、島を後にする。腕時計に目を向けると、ちょうどC番のスタッフが出勤してくる時間だった。今日は大熊店長がいないので代理でぼくが朝礼をしなければならない。バックヤードへ続く扉の前に立ち止まって踵を返し、フロアを見渡した。いろんな効果音が複雑に混ざり合う中、音量を絞った店内BGMが響く。立ち並ぶ機械には沢山のお客様が向き合い、喜んだり、笑ったりしていた。

 

「ポンコツ」

 

阿久さんだった。二人で並んでフロアに向かって礼をして、それからバックヤードへと入った。ダンボールや掃除用品が並ぶ廊下。先程まで輝くような笑顔だった阿久さんはいつもの能面みたいな顔に戻っていた。

 

「さっき──。伊藤さまと古馬さまの目押し」

 

事務所の扉の前で、阿久さんはこちらを向かずに言った。

 

「あ。はい。すいません、もしかして余計なことをしましたかぼく」

 

彼女はしばらく何も答えなかった。それからドアノブに手をかけてから、こんな声が聞こえてきた。蝶番が軋む音に紛れて、よく聞こえなかったけども。

 

「いえ。なかなか、良かったと思います」

 

 
続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。