パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十六話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十六話

三浦さちさん出禁事件は当初ものすごいインパクトをもってして我らが「パーラースマイル」店内の話題をかっさらって行った。それは僕たちスタッフの間でもそうだったけども、なんなら常連のお客様たちにとっても同じだったらしく、噂好きのおばちゃん代表であるアゲハさん辺りは暫くの間スタッフの顔を見るたび「ねぇねぇあの人どうなった?」と、僕らが知る由もない事を訪ねまくっていたものだった。

人の噂も六十五日。七十五日だっけ? まあどっちか分かんないけども、実際のところ噂の寿命はそれよりもずっと短いらしく、夏の終りに生まれたそれは本格的な秋が到来する頃にはもうすっかり過去の事件となっていた。

──そして僕がパーラースマイルで働き始めてから凡そ半年。ホール内勤務のオペレーションもほぼ頭に入ってきた頃に、北関東に冬が来た。

 

「いらっしゃいませぇ。パーラースマイルへようこそ! おお、伊藤さん! 古馬さん! 今日は朝からですか! 頑張ってくださいね!」
「おはよう菅原さん。うぅー。今日は一段と寒いねぇ……!」
「店内温まってますよ! どうぞどうぞ中へ! 古馬さんも」
「菅原くんおはよう。はいこれ……。よかったら皆で食べて」
「ん……。おでん! わあ! 美味しそう! いいんですか!」
「昨日作りすぎちゃってね。寒いし大丈夫だと思うけど、一応火を通してから食べてね」
「ありがとうございます! やった! お昼浮いちゃった。へへへ」

 

午前10時。開店と同時に並びのお客様をエントランスで迎える。一日のオペの中で、この時間が一番好きだった。

 

「アゲハさん。カメさんも。おはようございます! パーラースマイルへようこそ!」
「よ! おはよー菅原ちゃん!」
「おはようさん……おはようさん……」
「おふたりとも、今日も頑張ってくださいね! さあさあどうぞ、温かい店内へ」
「菅原ちゃんコレ! 良かったら皆で食べて!」
「お……! きんぴら! きんぴらだ! いいんですか!」
「うん。昨日作りすぎちゃってさ。かなり甘辛くしといたから。好きでしょその方が」
「はい! 嬉しいです! 食物繊維! やったー!」

 

この日は新台入替えという事もあり、他にも沢山の常連さんが見えた。

 

「よう。頑張ってっか。ポン」
「おおっと! エゾエさん! お久しぶりです! お元気でしたか! 心配してましたよー最近見えないんで」
「馬鹿野郎。冬場の洋菓子屋舐めんじゃねェぞ……。クリスマスケーキの受注で走り回ってんだよなァ今」
「あー! そうか! もうそんな時期か!」
「そうだよ。毎年毎年、ヤンなっちゃうぜェ……。仕事だからしゃァないけどよォ。ほれ、これ皆で食ってくれよ」
「え! ホールケーキ! マジで!? いいんですか!」
「おう。うちの新作なんだけどよ。食ったら感想聞かしてくれよ」
「いつもすいませんホント! うわーおやつまで出来た! やったー!!」
「……ッンとにお前は、子供みてぇな奴だなァ」

 

苦笑しながら入店する常連さんたちを見届けてから、両手いっぱいになったお土産を置きに一旦事務所に戻ると、大隈店長がソリティアで遊びつつ、フロアの状況を映し出しカメラの画面に目を向けていた。

 

「店長、古馬さんからおでんと、アゲハさんからきんぴらと、あとゾエさんからホールケーキ頂きました! みんなで食べてね、ですって」
「おぉ。ポンくんいいじゃなァい。人気モンだねェ……。冷蔵庫入れといてェ……」
「はい! これ、勝手に食べないでくださいね店長! みんなで食べるんですから」
「わかってるよォ……。大丈夫ゥ……と、あれ?」

 

大熊店長がディスプレイに向ける目を細めた。

 

「どうしたんですか?」
「ポンくんさ、アレ……6番の画面見て。今入って来たお客さん。セーターの……。あれってさァ……」
「え……? あ、三浦さん?」
「だよねぇ?」
「だ、だと思います」

 

荒い画質の監視カメラの映像。エントランス手前の風除室を俯瞰で捉えた画像には、三浦さちさんと思しき女性の姿があった。店長がマウスを操作すると、ディスプレイの映像がフロア中心からエントランス側を捉える8番カメラに切り替わる。三浦さんと思しき人影はエントランスの自動ドアを抜けたあと、店内の様子を何度か確認して、パチスロコーナーへと向かった。

 

「どうしましょう……店長」
「どうするもこうするも……、吉田くぅん。聞こえるぅ?」

大隈店長がインカムに向けて口を開くと、すぐに返答があった。

(はい。吉田ッス)

「悪いんだけどさァ、パチスロコーナーに三浦さんが居るから、ご退店して頂いてもいい?」

(えー……。自分っスか)

「ぼくが行きましょうか?」
「んや、間に合わないねェ。メダル借りた後だと面倒くさいんだよォ。特に当たっちゃったらさァ。というわけで吉田選手ゥ。急いで行ってちょうだいな、と」

(トホホ。吉田向かうッス……)

 

パチスロコーナーを映し出す10番カメラ。『ミリオンゴッド』に着座した三浦さんがコインサンドに現金を投入しようとするその瞬間、小走りで近づく影が画面にフレームインしてきた。くりくり坊主がちょっと伸びて変なに髪型になった吉田君だ。本人はソフトモヒカンと言い張っていたけども、どちらかというとキューピー人形の方が近い。間一髪、吉田君の声掛けは間に合ったらしく、三浦さんはトボトボと言った様子でゆっくりとエントランスへと回れ右して戻っていった。

 

「吉田くんご苦労! あとでおでん食べていいよォ」

(え、店長の奢りでですか? 嬉しいなぁ! いやー、こういう寒い日には、おでんをつまみに熱燗ってのもオツな──)

 

インカムの通話を切って、それから店長は鼻で深く息を吐いた。

 

「ンー。三浦さんはありゃあ、さては他のお店も入店を断られたナァ……」
「そうみたいですね……。店長、ギャンブル障害が疑われる方がお店を出禁にするのって、普通の事なんですか?」
「出禁までは珍しいけどねェ。お金を使いすぎちゃってる人を帰したり、のめり込み過ぎてるナァって人を一時的に断ったりするのは良くあると思うよ。特に最近はお店もギャンブル依存についての研修を受けたりで、勉強してるからねェ……」
「そうなんですね……」

 

風除室。三浦さちさんは、カメラに背を向ける格好で、自動ドアの向こうへと消えていった。最後に、一瞬だけ店内を振り返る。正面から捉えた6番カメラには、泣いてるような、笑っているような。なんとも言えない表情の三浦さんの表情が映っていた。チクリと、胸の奥が傷んだ気がした。

 

「……じゃあぼく、フロアに戻ります」
「あいよォ。頑張ってねェ……。はりきってスマイル営業よろしくゥ……」

 

キンキン。ズーン。キュインキュイン。ドドド。関係者以外立ち入り禁止の扉を抜けてホールに出ると、あまねく色んな音の重なりが耳に飛び込んできた。その足でパチスロコーナーへ向かう。

 

「ねぇねぇ! 菅原ちゃん!」
「ああ、アゲハさん。さっきはきんぴらどうも、ありがとうございました……!」
「ううん、ぜんぜん! それよりさそれよりさ、さっきさ、あのね、あの人きてたわよ!」
「ああ……。はい」

 

三浦さちさんの事だ。

 

「あの人さァ、こっち出禁になってから、駅前のさぁ『パチンコ・パンサー』あるじゃん? あそこに居たみたいよ」
「パンサー……。ですか」
「そう。ゾエちゃんが見たんだって。ゾエちゃんパンサー近いから、休憩中にたまに行くみたいで」
「なるほど……」
「でもまたこっちに来たってことは、もしかしてパンサーも出禁になったんじゃない? そう思わない菅原ちゃん」
「ウーン……。ごめんなさい、ちょっとぼくには分からないです……。すいません……」

 

恐らくパンサーだけじゃないなと直感した。駅前にあるお店は『パチンコ・パンサー』以外にも二店。『デダマデルデ』と『オパール会館』がある。わざわざ出禁になった当店に来たというのは、その3店ともが出禁になってしまった、あるいは一時的に入店が断られる状況になってしまったのは想像に難くない。

その想像は、僕の心のどこかに、黒い黴のような痕になって、その日一日ずっと残っていた。

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。