パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十七話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十七話

(菅原先輩、『戦姫絶唱シンフォギア』218番台のサンドなのですが、センサーエラーが出ています)
(ああ、じゃあ僕が行きます。しかし三波さんスゴイねぇ。もう機種の名前覚えちゃって……。原作好きだったりする?)
(いえ、見たことありません)
(菅原先輩。ちょっとよろしいですか?)
(はいはい。斉木くんどうしたの?)
(『ケロット4』803番台なのですが、どうやらメダルが噛んでしまってるらしくホッパーエラーの解除に手間取っていまして……)
(あー……っと。分かった。どうしよう。チョット待ってね。藤瀬さーん。聞こえますか)
(はーい。わたしがシンフォギアの方いきまーす)
(ありがとう! じゃあ僕がケロットに……)
(あ、すいません先輩、ケロットのホッパー直りました)
(え、そうなの。じゃあいっか)
(藤瀬先輩すいません、シンフォギアのサンドも大丈夫でした)
(おうふ。マジか。センサー大丈夫だった?)
(はい。交換しました)
(こ、この短時間に?)
(はい、以前教えて頂いた手順通りに……)
(……すごいな君ら!)

 

パソコンを前に事務所で小さくのびを作る。今日はごとう日と新台入れ替えの初日が重なって、普段よりもお客さんの数が多い。僕も早くフロアに立ちたいのだけど、月末という事で本社に提出する月報の作成を行なっていた。本来ならば既に出来上がって提出している必要がある書類なのだけども、研修に手間取ったおかげで処理できずにいたものだ。夏休みの宿題を最終日に終える小学生の気分を味わいつつ、両手の人差し指でキーを叩く。

不幸中の幸いだったのは、新人二人が大変良くできる子らで、早くも独り立ちの気配が見えてきた事だ。先輩としては頼もしくもあるし、またちょっと寂しくもある。なんちゃって。

 

「ふう。忙しいなぁ……」
「自業自得です。報告物はその日その日で終わらせなさい」
「へへ。すいません」

 

クリンネス用の雑巾──ダスターを交換にきた阿久さんが眉間に小さな皺を寄せていた。ダスターに関しては店舗によっては業者さんが持ってくるおしぼりを利用する所もあるらしいけど、パーラースマイルでは毎日当番を決めて洗濯するようにしている。前日の夜に洗った綺麗なダスターを腰のポーチに入れ、午前中の間に汚れてしまったダスターは「使用済み」と書かれたシールが貼られたカゴに入れる。このカゴにあるのを当番が夜中に洗濯機で洗うのだけど、今日の当番はたしか僕だった。僕はなにげに洗濯は嫌いじゃないのでこの作業は全然苦にならないのだけども、吉田くんなんかは洗剤の量も干し方も何もかもが適当でよく阿久さんや藤瀬さんに怒られていた。

 

「ポン、それよりも巡回の時間ですよ」

 

今しがた自分が打ち込んだ文字をディスプレイ上で確認しつつ、横目でデジタル時計を確認した。時刻は14時少し前。確かにそろそろ駐車場巡回の時間だ。勢い込んでパソコンに向かっているけど、駄目だ。全く進んでないし終わる気がしない。こういう日にこそ大熊店長に居て欲しいのだけども、当の店長は深夜の入れ替え作業の立ち会い後は月末だろうと年末だろうと絶対に休むというルールを頑なに守っているので今日はいない。必定、社員の裁定が必要な細かい作業は全部僕に回ってくるわけで、それらに対応しつつ堆積したデスクワークをこなすのはそれなりに難易度が高かった。

 

「んー……。そうだ。……斉木くん、三波さん聞こえる?」

(はい、斉木です)
(三波です)

「フロアの様子を見て、大丈夫そうならちょっと事務所に来てもらえるかい?」

 

何をするつもりか察した阿久さんが、少し頷いてスツールに座った。どうやら「研修の研修」をやるつもりらしい。1分ほどして事務所の扉がノックされ、新人二人が肩を並べて入ってきた。椅子から立ち上がって二人に向き直る僕。コホン、と咳をしてから口を開いた。

 

「二人とも、まだ駐車場巡回はやってないよね?」
「はい、まだ教えて貰ってません」

 

斉木くんの言葉に、三波さんも同意の意味で頷く。

 

「だよね。じゃあ今日からやってみよう!」

 

駐車場巡回。それはぱちんこ業界に課せられた重い十字架のような作業だ。僕は阿久さんの真似をして、普段よりちょっとだけ真面目な顔を作って言った。

 

「ホールスタッフの仕事はもちろん、お客さんに心から楽しんでもらう事です。でも、それ以外の業務もあります。お客さんの安全を守ったりする仕事だね。つまり警備です」

 

あってますよね。の意味で阿久さんをチラッとみると、彼女は目を閉じて小さく頷いたいた。どうやら出だしはこれで良いようだ。

 

「ぱちんこホールの警備というと、例えば泥酔者の遊技をお断りするのもそうだし、お客様同士のトラブルの仲裁とかね。つまりホールの平和を守る作業。その中の1つに、駐車場の巡回があります。冬場は1時間に一度。夏場は30分に一度。駐車場を巡回して問題が無いかをチェックします。なんで夏場の方がスパンが短いか分かる?」
「車内放置児童……。でしょうか?」

 

三波さんの言葉に称賛を込めて「正解ッ!」と言ったら、彼女はビクリと肩を震わせた。

 

「あ。ごめんデカかったね声。失敬。でもホントに正解だよ」

 

車内放置児童。つまりは車の中に放置されてる小さな子供や赤ちゃんの事だ。炎天下に晒されると車内の温度はたったの数分で一気に跳ね上がる。結果、車内に居ながらにして脱水や熱中症で亡くなる子供というのが、実際に存在するのである。そしてそれは夏場だけじゃなくて冬場も。もちろんこれはぱちんこホールだけじゃなくて日本全国の「駐車場」を併設する施設全てに言える事だしその啓蒙も国主導でバンバン行われているのだけども、ビックリする事に「ほんの少しだから良いだろう」とかあるいは「エアコンをつけてるからいいだろうという」みたいな感じで、未だに子供を車内に放置をする親というのが、この日本にもいるらしいのだ。

 

「車内放置児童はね、ぱちんこ業界に関わる人ががもう全員で取り組まないといけない事なのね。大きいホールとかだと駐車場に警備の人を置いてたりして、その人がひっきりなしに車内をチェックして子供がいないか確認したりしてるんだけど、うちはスタッフがやります。まずは持っていく道具。これです」

 

カラーボックスのてっぺんをポンと叩いて、一番上の段からエコバックサイズの革袋を取り出した。袋を一旦事務机の上に置いてジッパーを開き、中のものを取り出しつつ順番に説明する。

 

「バッグの中にはね、まずは懐中電灯。それからガムテープ。タクティカルペン。あと応急セット。ゴミ袋と軍手もあるね」
「すいません、タクティカルペンってなんですか?」
「タクティカルペンというのは、ガラスを割る時に使う道具……らしいね。僕も実際に使ったことはないんだけども、使い方はこう──」

 

一見すると鉄製の棒のような無骨なペンだけど、真ん中あたりを回すと2つに分解できるようになっている。分解したあと、持ち手側の部品を横にしてペン先側の部品と合体させると、ちょうどアルファベットのTのような形になる。それを右手の人差し指と中指の間で握り込むと、指の間からペン先部分だけが飛び出した形になる。

 

「ほら、ウルヴァリンみたい。へへ。これはね、銃器メーカーのスミスアンドなんとかってメーカーが作ってるやつなんだよ。常連さんにそういうのに詳しい人がいてさ。その人に教えて貰ったんだけども、素材も銃とかに使わてる本物の軍事用品なんで、車のガラスなんか余裕で貫通するのね、だからもし車内放置児童を見つけたらこれで割っちゃって下さい」
「割っちゃって下さいって……」
「ポンの言葉に補足します……。割る時は必ず子供が乗っている所から一番離れたガラスにすること。ただしフロントガラスは避けてください。そして割る前には破片が飛び散らないよう、ガムテープで補強するように。張り方はガラス全面に大きくバツの形でいいです。あと軍手も装着して──」
「ちょ、ちょっとまってください。阿久先輩」

 

斉木くんが驚いたように口を開いた。

 

「割る割るって普通に言ってますけど……それって犯罪なのではありませんか?」
「もちろん、器物破損です。が、刑法には『緊急避難』という概念があり、それは器物破損にも当然適応されます。つまり、犯罪ではありますが逮捕はありませんし起訴させる事もありません」
「民事とか……例えば車の所有者が賠償を求めてきたり……」
「民法上も第三者の命を守るための行動には緊急避難が適応されます。それが本当に児童の命を救うための行動であれば、損害賠償責任は発生しません。所有者が仮に訴えを起こそうとしてもまともな弁護士であれば止めるでしょう」

 

心の中で「へぇ」と思った。今の話は僕も知らなかったからだ。コホン、と咳をして、また会話のハンドルを握り直す。

 

「えー……。ありがとうございます阿久さん。……とりあえず、ガラスにスモークを貼ってるの車はこの懐中電灯で照らして全部の席を確認。それを全ての車にやって、その上で不審なゴミが落ちてないか。駐車場でトラブルが起きてないかをチェック。最初は面倒だと思うけど、慣れたら10分もかからないからね。当番は全員で回す感じでやります。とりあえず二人は今日はワンセットで動いて、この当番表の──僕の名前のところをやってください。初回は14時。次が17時……。大丈夫そう?」

 

ゴクリ。と喉を鳴らすような音が聞こえて、それから二人が同時に頷いた。斉木くんが革袋を肩に下げ、三波さんが懐中電灯を装着する。

 

「では……行ってきます」
「はい。暑いから気をつけてね」

 

事務所の扉が閉じ、ようやく静寂が訪れた。ふう、と息を吐いてパソコンに向き直る。特に僕の今の研修に問題は無かったらしく、阿久さんも何も言わずに売り場に出ていった。まあ重要な所は阿久さんが説明してくれたので、問題なんか発生する隙はないんだけどもね。

忙しいけど、平和な午後だった。ディスプレイに集中しつつ、人差し指をキーボードの上で右往左往させる。藤瀬さんからは「いいかげんタッチタイピング覚えなよポンさん」と言われるけども、中学時代からこれでタイピングしてきて一度も問題は起きてないんで覚える気はない。そりゃ、両手の指全部使ってカタカタ打てたらカッコいいんだけども、正直できる気がしない。人差し指打法で僕は別に──。

と、インカムが鳴った。女性の声。誰かが何かを言ってるのは分かったけど、ノイズがひどくて聞こえない。どこで喋ってるんだ? と思ったけども、そうだ。これは駐車場だと思った。ということは、三波さんだろう。

 

「ごめん、聞こえないや。もっかい言ってー」

(……がい……ます! す……て……ので、すぐに──さいッ!)

「えー、何だろう。ごめん全くわかんないや……へへ。もっかい!」

 

苦笑していると、別の声が割り込んできた。阿久さんだった。

 

(ポン! すぐに駐車場へ走って! 放置児童です!)

 

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。