パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十七話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十七話

「ただいま……と。ハァ、今日も働いたなァ……」

 

さいたま県某所のアパート。壁スイッチをオンにしてネクタイを緩めながらベッドに腰掛けた。大学時代に越してきて6年目。家賃も安いしそこそこ愛着も感じる部屋だけど、職場から離れてるのがネックだ。遅番の時が特に問題で、たまたま近所に住んでいてマイカー通勤である大熊店長と一緒の時は送ってもらえるけども、一人の時は終電時間との戦いになる。新台入替えの立ち会いの時なんかは物理的に家に帰れないので、今までにも何度かホテルや漫喫に泊まったことがある。

 

まあ宿泊費用は全部会社に請求できるから良いんだけども、枕が変わると眠れない性質なので体力ゲージはゴリゴリと削られていくわけで。そろそろ引っ越しを考えるか、もしくは免許を取っちゃうのも良いかもしれない。

 

コンビニで買ってきたお弁当を広げながら、ベッドに腰掛けて雑誌のページを捲る。いつからか毎月買うようになってる『オリジナル★パチスロ爆裂必勝攻略ウォーカー』だ。最初は書いてある内容の意味がぜんぜん分からなかったけども、猛勉強の結果、最近はある程度読めるようになっていた。

 

気になるページで手が止まる。パチスロライターの『アレクサンドロス内藤』のコラムだ。この人の連載はバカバカしくて面白いし、ネタ寄りなのでパチスロ勉強中のぼくにも無理なく入ってくる。

 

──これをみんなが読む頃にはもう冬ドロスね。オイラは夏より冬が好きドロス。だってイベントが盛りだくさんなんだもの。クリスマス。お正月。バレンタイン。ワクワクしっぱなしでエブリデイお祭りモードドロス! ハッ! さあてアレクサンドロス内藤がお送りする『ビタって騎士<ナイトゥ>!』。今週のテーマは『寒い冬に鍋をつつきながら打ちたい6号機』についてだドロス! それじゃ行ってみよう。オール・ユー・ニード・イズ・万枚!

 

「なんだよ鍋をつつきながら打ちたい6号機って……。相変わらずバカバカしいなぁ……」

 

お弁当を食べながらクスりと笑って、それからページを捲る。最新機種のレビューや速報。現行機のシステム解説などなど。特に『パーラースマイル』に設置されている機種については重点的に読み込む事にしていた。普段全然パチスロを打たないからこそ、知識は入れておかないといけない。

 

ホールスタッフになって気づいたけど、実はスタッフの間でも「普段パチンコやパチスロを打たない」という人は結構多い。ウチの場合はアルバイトの藤瀬さんがそうだ。吉田くんは嗜む程度には打ってるみたいだし、大熊店長はガチのパチスロ好きなので家に実機も持ってるとの事だけども、藤瀬さんに関してはぼくと全く同じでスタッフとして働き始めるまでパチンコのパの字も知らなかったそうな。

 

(なんでホールでアルバイトすることにしたの?)

 

いつか休憩中に尋ねてみると、彼女はまつエクに囲まれたナッツ型の瞳をキョトンと見開いてこう答えた。

 

(え、だって時給いいじゃん)

 

なるほどね。と思ったものだ。別に不思議なことじゃない。ぼくなんかパの字も知らないのに社員になったのだもの。

 

……あと、阿久さんは良くわからない。お客さんとの会話なんかを聞いてるとパチンコやパチスロの知識はかなり深く持ってるみたいだけども、自分でも打つのかどうかは聞いたことがない。というか、プライベートに関しては一度も話した事がない。聞いたらなんか怒られそうだし、そもそも一緒に休憩を取ることがほとんどないからだ。食事の時間が被ったことは何度かあるけども、彼女が休憩室に来るのはレアだった。おそらく外食に出てるのだと思うけども、その辺も良くわからない。吉田くんなんかはその事に関して「あの人はお店の中に専用の部屋を持ってるンスよ」みたいな事を言ってたけども、最近はあながち冗談じゃないのかも知れないなぁと思い始めた。そのくらい、彼女は休憩室に顔を見せない。

 

朝は誰よりも早く来て、夜は誰よりも遅くまで残る。もしかして本当に「専用の部屋」で寝泊まりしてたりして。良くわからない人だから、そういう嘘みたいな話があったって、ぼくは大して驚かないと思う。

 

意識を集中して雑誌の文字を追いかけていると、不意にスマホが震えた。反射的に時計を見る。午前1時だ。こんな時間に誰だろう。ディスプレイに目を向けると、そこには「業務端末」と表示されていた。お店で管理してるPHSだ。お客さん向けの外線とは別に、店舗内での緊急連絡などの為に置いてあるガラケーみたいな奴で、営業中はその日のリーダーが。夜間はなぜだか阿久さんが管理する事になっていた。つまり、この電話は阿久さんからだ。

 

「げぇ。マジですか……」

 

思わず呟いたあと、急いでスマホを手にとって耳に充てる。

 

「はい、菅原です」
「よかったです。起きていましたか、ポン」
「ええと、どうされましたか」
「明日、ヒマですか?」
「明日ですか……。いやぁ、自動車教習所について調べようかなぁと……」
「それは丸一日かかる事ですか?」
「いや……まるまる一日はかからないと思いますけども……」
「実は貴方にお願いがあります」
「お願い、ですか」

 

阿久さんからのお願い。これは非常に珍しいことだった。というか、初めての事だ。それだけに内容が怖い。

 

「な、なんでしょう」
「明日、一緒に付いてきて貰いたい所があります」
「どこですか……」
「S駅の直ぐ側……。『サンズ・アライアンス』という外資系損害保険会社の事務所があります。明日、そこで一緒に保険の説明を受けて下さい」
「保険の説明ですか」
「保険の説明です」
「えーと……、聞いていいですか?」
「どうぞ」
「ぼく、何すればいいんですか?」
「説明を聞くだけで良いです。私の夫として同席してください」
「なるほど」

 

阿久さんは、いつもと変わらぬ平坦なトーンでこういった。あんまり自然に出てきた言葉だったので思わずそのまま飲み込みそうになったけども、喉の奥に引っかかって思いっきりむせた。

 

「ヴェッホ……ヴェッ!! ちょ、何をいきなり。え? 夫? ですか」
「そうです」
「何でまたそんな事を……」
「それが一番良いからです」
「良い……? それは一体どういう……」
「……面倒ですね。とにかく今は適任が貴方しか居ないのです。嫌ですか?」
「嫌というか、いえ、嫌じゃないですけども……」
「良かったです。それでは明日──13時にS駅前で待ち合わせしましょう。では……」
「ちょ! 阿久さん……! 阿久さん!?」

 

応答しないスマホを見つめながら、ぼくは文字通り「あっけにとられていた」。一体なんなんだ……? 酔っ払ってるのかとも思ったけども声のトーンは普通だったし、ジョークを言ってるようにも思えなかった。であれば額面通りに「ダンナさんのフリをして保険の説明を聞く」ようにお願いされたんだろうけども、一体何のためなのかさっぱりわからない。一瞬吉田くん辺りに電話して相談しようかと思ったけども、どうせ良くわからない茶化され方をして疲れるだけなのが目に見えてるのでヤメた。

 

混乱。困惑。不安だったしちょっと怖かったけども、とりあえずなし崩し的に行くことになったのであれば行くべきなんだろう。着替えを済ませてゴミを片付け、洗面を済ませてベッドに転がった。真っ暗な中。レースカーテン越しのさいたまの夜空に、冬の大三角が見えた気がした。

 

……翌日。

 

寝不足の目を擦りながらS駅に到着すると、改札の奥に阿久さんの姿が見えた。黒いロングコートに白のセーター。モノトーンで統一した服装で、普段の制服姿とそんなに印象が違わなかった。唯一の違いは普段アップにまとめた髪の毛をおろしているくらい……と思ったら、メガネをしていなかった。

 

「おはようございます、阿久さん」
「おはようございます、ポン」
「阿久さん、今日メガネは……」
「今日はオフなので、メガネはしていません」
「じゃあ、コンタクトですか」
「いえ、コンタクトもしていません」
「……ええと、まさかダテなんですか?」
「ダテです」
「何でダテを……」
「お客様に顔を憶えて貰う為です。相貌心理学においては目元は特に重要な部位で、人の顔を認知する上での大部分……8割程度のシェアを占めています。つまり目元の印象を強くすればその分ひとの記憶に残るのです。私の顔はあまり印象に残らないらしいので、仕事中は特徴的なオーパルフレームのメガネをかけるようにして、そうして、なるべく早くお役様に顔を憶えていただけるようにしているのです」
「は、はぁ……。なるほど」
「『サンズ・アライアンス』はこっちです。付いてきて下さい」

 

踵を返して歩き始める阿久さん。小走りで横に並んだ。

 

「保険屋さんに行くんですよね」
「そうです」
「あのー……先になにかお腹に入れませんか? ぼくお腹すいちゃって……。ほら、そこにちょうど伊藤さんとかエゾエさんのお店がありますし」
「後にしてください。先方に予約を入れていますので」
「ですよね。ラジャーです……」

 

駅前商店街を抜け、公園の方へと向かう。レンガ調のカラーリングが施された6階建てのオフィスビル。エントランスの自動ドアを潜ってフロア案内のパネルを見ると、確かに4階に『サンズ・アライアンス』の文字が見えた。

 

「あのー……ひとつだけ確認していいですか。阿久さん」
「なんでしょう」
「これ、変な詐欺とかじゃないですよね。ぼくツボを買わされたりとか」
「……さあ、どうだか」
「え!? マジでですか……!」

 

阿久さんはエレベーターのボタンを押しながら、真顔で言った。

 

「冗談です。……さあ、行きますよ」
「え!? 今冗談言いました? 阿久さん冗談言いました? うわー! 珍しい! ああ、録音アプリ立ち上げとけば良かった……!」

 

おもわずはしゃいだけども、先にエレベーターに乗り込んだ阿久さんの冷たすぎる目を見て、すぐに我に返った。

 

「……なんか、すいません」
「いえ。では、今回のミッションを説明します」
「……ミッション?」

 

エレベーターの扉が閉まる。僅かな浮遊感の後、操作盤に埋め込まれたディスプレイの文字が2階に切り替わった。

 

「今から会う損害保険の担当営業の名前は『三浦太陽』さんです」
「はい。わかりました」
「私達は夫婦のフリをして保険の説明を聞きながら、三浦さんの私生活について探っていきます」
「ん? 私生活? なんで保険屋さんの私生活を探る必要があるんですか?」
「はぁ……。貴方は本当に、察しが悪いというかノンビリしているというか。いいですか」

 

ポーン、と音がして、エレベーターが4階に到着した。扉が開く。エントランスの向こうに、ビシッとスーツを着こなした30代くらいの男性が居た。書類を小脇にかかえたまま笑顔で礼をしつつ、僕らを迎えてくれる。阿久さんが心持ちぼくの耳に口を寄せ、小声で呟いた。

 

(三浦太陽さんは、三浦さちさんの旦那さまです)

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。