パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十四話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十四話

入社したばかりの頃に大熊店長が言ってたけども、パチスロホールで働いているとコヨミに敏感になるらしい。つまりカレンダーだ。曜日はもちろんだけども、例えば大安だとか仏滅だとか。自分の人生にはきっと一生関係ないだろうなと思っていたそれらも世の中には結構気にする人というのがいて。お店の客入りにも影響してくるらしいのだ。当時は「まあそんなもんか」と思って聞いてたけども、実際ホールで働き始めると確かに影響らしきものもあるように思えなくもなかったり。ぶっちゃけそんなに肌感覚で伝わってくるほどの違いはなかったんだけども、しっかり統計を取るとどうなんだろう。もしかしたら意外とあるのかもしれない。

 

他にも近所の会社のお給料日とか。これは五十(ごとお)日と呼ばれてるやつで、要するに5やら10が付く日はお金を持ってる人が普段より多いのでホールも賑わぞみたいな意味なんだけども、こっちは大安やら仏滅よりもハッキリと分かった。確かにごとお日は忙しいし、新台入れ替えと重なっちゃうと普段の3倍くらいのお客さんが並ぶので、ちょっとした覚悟が必要になってくる。

 

あとは七夕やハロウィンやクリスマスやお正月。こっちは客入りが増えたり減ったりというよりも店内装飾が忙しくなる。例えば去年のハロウィンはどこから仕入れたのか知らないけどもオクラホマ産のどデカいかぼちゃをみんなしてくり抜いて本格的なジャック・ランタンを作ろうとして失敗してお通夜みたいな雰囲気になり、じゃあもうコスプレしようみたいな流れになってスタッフ全員ハロウィンらしい格好をして三日くらいホールに立ったもんだったけども、ただ北関東でハロウィンといっても可能なコスプレはドンキで売ってる魔女のやつくらいしかないので、結局みんな同じ格好で逆に恥ずかしくなったり。まあ、面倒ではあったけど、ちょっとおもしろかったのも事実。その時のコスプレはダンボールに仕舞って倉庫に置いてあるので、おそらく次も使うんだろう。

 

クリスマス。お正月。バレンタイン。卒業式。入学式。お花見。ゴールデンウィーク。カレンダーにチェックを入れたりお客さんにお辞儀をしたりエラーを解除したりクリンネスしたり入れ替え作業に立ち会ったりしているうちに、いつの間にか僕の社歴も丸一年を超え、二度目の夏を迎えていた。

 

「うわ、暑い……」

 

店外へ出た瞬間に軽い立ちくらみがした。日差しで蒸されたアスファルトから陽炎がゆらゆら。いままで寒いくらい空調が効いた部屋にいた分、寒暖差に身体がついていけず一瞬で滝みたいな汗が吹き出してきた。手のひらで額にひさしを作る。駐車場には10人ほどのお客さんが並んでいた。

 

「おはよう、菅原さん。暑いねぇ今日も」
「ああ、伊藤さんおつかれサマーです」
「……おつかれサマー?」
「あ、夏の挨拶です。僕が考えたんですよ。へへ」
「なるほど……」

 

いつもジャケット姿の伊藤さんも流石に今日は薄手のシャツの上には何も羽織っておらず、フロントのボタンも二つ目まで空けていた。和柄の扇子でもって、パタパタと顔の周りを扇いでいる。他のお客さんへの挨拶も済ませ腕時計を見る。9時59分。本当なら今すぐ自動ドアを開放して店内に逃げ込みたかったけども、パチンコホールは10時ピッタリまでお客さんを入店させるわけには行かない。暑かろうが、寒かろうがだ。

 

「よし……」

 

腕時計の針がぴったり10時を指したところで、インカムに向けて口を開く。

 

(大熊店長、エントランス側オープンしちゃいます)
(ウイッス。よろしくゥ)

 

まだ電源の入っていない自動ドアを人力でこじ開け、そのまま片側に立って一礼する。

「只今より入場開始です。いらっしゃいませ、パーラースマイルへようこそ!」

 

*********

 

入場のオペレーションを終えて事務所に戻る。デスクに向かって何やら作業をする大熊店長に向けて「おつかれサマーです!」と声を掛けると「はいおつかれサマー」と返事があった。ん。誰か居る。メーカーの営業の人なんかを応接する為に設置されてる円卓。リクルートスーツを着た二人がちょこんと座っていた。

 

「ポンくぅん。この子たち本部の新人さん。今日からしばらくウチで研修するから」
「え、新入社員さんですか?」

 

二人は心持ち背筋を伸ばしてそのままペコリと一礼した。髪の毛を短く刈り込んだ男の子と、セミロングを後ろで纏めた女の子。

 

「この人、ポンくんね。ポンくん、こっちが斉木裕二くんと三波マコくん」

 

名前を呼ばれた二人がそれぞれ「斉木です」「三波です」と言いながらまた頭を下げた。僕も負けじと「ポンです」といいながら頭を下げ、それから「いやいや、菅原ですから」と言い直した。

 

「研修はいつまでだっけェ?」

 

店長の言葉に、斉木と呼ばれた男の子が「はい」と答え、バッグから素早くメモを取り出して読み上げる。日焼けした肌と刈り上げた髪。なんとなくスポーツ少年の印象があった。

 

「二週間です。よろしくお願いします! 先輩!」
「おお……! 先輩……! あ、そうか。僕初めて後輩が出来たかも!」

 

嬉しくて思わずガッツポーズを取りそうになった。思い返せばこの一年、僕はずっと下っ端も下っ端だった。年下のカッちゃんですら社歴自体は僕より長かったし、アルバイトのスタッフを含めて人材の増減が全くなかったので僕は常に新人扱いだった。文字通り、これが入店して初めて出来た後輩だ。

 

「ポンくぅん。この二人お願いできるゥ?」
「……はい?」
「店長はねぇ、ちょっと忙しいのよこれから」
「阿久さんは?」
「アクマちゃんが抜けるとホール回らないからサァ。消去法でキミ。たのむよポンくぅん……」
「いや、え? 僕は別に全然いいんですけども、逆に僕でいいんですか?」
「いいよぉ全然。去年アクマちゃんに受けた研修をそのままやってあげて」
「え、何やりましたっけ僕」
「思い出してェ。資料その辺にあるよォ……。じゃあおつかれサマー」
「はぁ。おつかれサマーです」

 

車の鍵を持って部屋を出ていく店長の姿を見送る。バタンと扉が閉じると、部屋の中がシンと静かになった。

 

「あー……と。じゃあ、何しよう?」

 

と新人二人に聞いても答えが返ってくるわけもなく。とりあえず腕を組んでちょっとだけ考えた。

 

「そしたら、そうだね……。着替えようか。まず」

 

頷く二人に服のサイズを効いて、在庫から新品の制服を渡す。男女それぞれのロッカールームの場所を教えて事務所で待機してると、やがて斉木くん、三波さんの順番で戻ってきた。よかった。制服のサイズはどうやら大丈夫らしい。

 

「じゃあ次なんだけども、インカムをつけよう。ちょっとこれコツがあるんだけども、まず見ててね。こうやって、ベストの内側にこのイヤフォンマイクを通して──」

 

去年梅雨時期に研修を受けた時、僕はどうしてもこのインカム装着が一人で出来なかった。阿久さんに何度もため息を吐かれたり「貴方は日常生活をどうやって送ってるんですか」とか嫌味を言われつつ、全部やってもらったのを思い出す。

 

「こうでしょうか。チェックお願いします」

 

三波さんが手を挙げる。ベルト部分に装着したウェストポーチの中に本体を入れ、そこから伸びたコードをベストの内側に通し、襟元から出す。イヤフォンは耳の裏側から回して装着し、マイクはクリップで胸元につける。

 

「……すごい。完璧だ」
「ありがとうございます」
「先輩、こっちもお願いします」
「……え、マジで? ちょっとまって。あ、出来てる。何キミたち! 経験者?」

 

ギャグだと思ったのか、二人がちょっと頬を緩めて笑った。もちろん僕は本気だった。

 

「いえ、初めてですけども、いや、これくらいは別に……」
「いやー僕すっごい時間掛かったよコレ。難しいんだからホントは……。あ、もしかして僕の教え方が良かったのかな? へへへ」

 

ホールスタッフ2年目。僕もいよいよ、後輩を指導する立場になったのだった。

 

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。