パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十五話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第二十五話

ホールスタッフとしてホールに立つ前には、レクレーションの時間がある。最低限のルールを覚えて貰うためだ。この場合のルールというのは大きく分けて2種類。法律的な部分とローカルなルール。このうち法律的な部分は本社研修でほぼ済ませているのだけども、現場ではマストで守らなければならない部分を再度おさらいする。例えば遊技中の台には触らない事。交換所の場所を案内しないことなんかがそれだ。ローカルなルールというのは文字通りその店舗独自の規則。これはお店がある場所や営業方針によって変わってくる部分なので現場でのレクがメインになる。座学の本題はこっちだ。

 

「まず、当店では三人以上の回し打ちは禁止になってますので」
「……回し打ち? ってなんですか」

 

三波さんがメモ帳片手に口を開いた。あ、歯並びがいい子だな、と思った。

 

「あ、そうだね。そこからだね。ふたりともパチンコとかパチスロは打ったことある?」
「自分はあります」
「わたしはありません」
「なるほど。そしたら今後は三波さん用にすっごい噛み砕いて説明するんだけども、斉木くんもそれでいいね?」
「はい、大丈夫です」
「すいません……」
「いや全然いいんだよ。だって僕もパチンコやパチスロを打った経験ゼロで入ってるからね。最初何がなんだか全然分からなかったモン。だから大丈夫」

 

我が「パーラースマイル」では出玉共有が可能になっている。つまり出たメダルや玉を誰かと共有して使ってもOKなのだ。これはご夫婦やカップルで来てるお客様へのちょっとした優遇措置みたいなものなんだけども、これを悪用する人というのも当然いる。要するに勝ちに拘るお客さんが複数で来て共同戦線を張り、誰かが当てた出玉、あるいは高設定の台を全員で共有する。これを回し打ちといい、そうする人の事を「軍団」という。

 

「軍団、ですか」
「そう。軍団。当店は結構この軍団対策を厳しくやっててね。回し打ちをしてる人には結構厳しいのね」
「回し打ちをしてるかどうかは、どうやって見分けるんですか?」
「ンー。カンと経験だなぁ。僕も最初全然分からなかったんだけども、朝イチで遅延行為してる人とかは大体軍団だよねぇ」
「遅延行為……?」
「ええと……。座っても打たない人っているのね。あるいはすっごいゆっくり打ったり。これを遅延行為と言います。何で遅延行為するかっていうと、高設定の台や機種が判明するのを待ってるわけさ。つまり勝てる公算が高い台を打ちたいんで一応台はおさえておきたいんだけども、できるだけ自分のお金は使いたくない。みたいなね」
「なるほど……」

 

と言いながら三波さんは必死にメモを走らせている。経験者である斉木くんもメモっているという事は、今の話はもしかしたら普通のパチンコ・パチスロユーザーにはあまり知られていない事なのかもしれない。プライベートでほとんど打たない僕は、その辺の「普通」が良くわからない。

 

「もし回し打ちを発見したらインカムで事務所に報告してね。流石に研修中は肩ポンしなくていいです」
「肩ポン……。ああ、肩をポンと……話しかけるって事ですか?」
「そう。ホントはね。それから退店してもらうか、悪質な場合は出入り禁止のオペがあるんだけども、本部社員の研修にそれは含まれてないと思うから大丈夫だよ」

 

その他、大事なローカルルールとしては朝並びの不正防止や休憩のオペレーション。台おさえや掛け持ち遊技。通路での立ち見についてなんかが挙げられる。どれも重要な事で、ナァナァにしてしまうと大きなトラブルに発展する可能性がある。

 

「特に新台入替当日の掛け持ち遊技なんかは100%喧嘩になるからね。これは絶対に駄目。当然常連さんはそんな事しないんだけども、初心者さんが良く分からずにやっちゃって常連さんと揉めるという事が実際にありました。これは正直気づかなかったスタッフのせいなんで、怒られちゃうよね。うん。ちなみにその時気づかなかったのは吉田くんと言うアルバイトスタッフなんだけども、社歴3年目だからね。3年やっててそれに気づかないって相当馬鹿だと思うんだけども、この人ならヤルかも知れないと思わせるだけの駄目オーラが出てる人で……あ、まあいいやその話は。とにかく掛け持ち遊技は駄目ぜったい! これを覚えておいてね」
「すいません、度々。ちょっと質問してもいいですか?」
「はい三波さん、どうぞ」
「掛け持ち遊技か掛け持ち遊技じゃないかって、どうやって判断するんですか?」
「ンー。カンと経験だなぁ……。僕も最初全然分からなかったんだけども、ある時ふと『あ、掛け持ちだ』ってわかるようになって──」

 

我ながら全然参考にならないレクだったけども、何だかんだ新人二人は真剣に聞いてくれていたと思う。初日はレクだけで終わっても良かったんだけども、せっかくなので鍵束を持たずに少しの間ホールに立って貰う事にした。

 

(チェックチェック。聞こえる?)
(斉木です。聞こえます)
(三波も聞こえます)
(えーと……。みなさんすいません、今からこのチャンネルに本部からの研修生が二人参加します。言葉遣い等にお気をつけくださいね)
(チャスチャス。吉田ッス! どっち立つッスか? パチ? スロ? 女の子の方、パチに来てもいいですよ今人足りないんで! ミナミちゃんっていうんスか? 何ミナミ? 何ミナミ?)
(名字です……)
(カッちゃん、次セクハラに繋がりそうな発言したら阿久さんにチクるからね)
(ザッ……ザッ……)

 

異変やトラブルの早期発見・報告・共有をスムーズにするため、スタッフ間でのインカムでの会話は認められている。というか、スタッフ同士の円滑なコミュニケーションは推奨されてる部分でもあるので、よっぽどじゃない限り怒られはしない。もちろんセクハラは論外だけどもね。

 

(じゃあまず、そうだね。とりあえず二人共パチスロコーナーに行こう。斉木くんはエントランス側のジェットカウンターの前に。三波さんはちょっと離れた所にある、そこのクリンネスブースあるでしょ。そうその辺。そこに立ってて)

 

ふと一年と少し前の事を思い出した。初めてパチスロコーナーに立った日、阿久さんが僕に出した指示はひとつだった。

 

(これからしばらくはお客さんの顔を覚えて貰います)
(顔、ですか?)
(うん。そう。どんな人が来ているか。どんな台を打ってるか。誰と誰が仲よしなのか。それ以外の事は一切やらなくていいです)
(それは……)

 

返事をしたのは斉木くんだった。

 

(先輩、自分たちに何もするなとおっしゃってるんですか?)
(え、いやいや。そうじゃないんだよ。顔を覚えるのが最初は凄い大事で──アレ? なんか怒ってる?)
(……いえ、すいません。わかりました)

 

あら。なんかちょっと今、棘らしきものを感じた気がするけども、なんだ?

 

(じゃあ、そうだね、今から一時間にしよう。僕も一緒にフロアにいるから何かあったらインカムを飛ばしてください。時間になったら事務所に戻って日報書いて本日は終了にします)
(承知しました)
(よろしくお願いします)

 

インカムのボタンから指を離し、ふうと息を吐く。しばらくそのまま二人の様子を見てたけども、やっぱり最初は落ち着かなそうだ。硬直したように立ったままその場から動かない。追加でインカムを飛ばし「動き回っても良いよ」と伝えた所、ようやく二人はフロアをぐるぐる回り始めた。うんうん。わかる。あんな感じになった僕も。へへ。懐かしいなぁ……。

とりあえず特に問題もなさそうなので僕も日常の業務をこなそう。やれやれ。まいったまいった。先輩って大変だ!

 

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。