パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十五話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第十五話

申し送り。という儀式がある。これはまあ別にパチンコホールだけに限ったことじゃなくて、どんな職場もだいたい同じだと思うけども。要はその日あった事を全体に共有したり、あるいは次のシフトの人に伝えたりね。もちろん我が「パーラースマイル」にもそういうのがあるわけで。大熊店長が居る時は店長が、居ない時はぼくが、両方居ない時は阿久さんが担当することになっていた。

 

「えー……。本日の申し送りですが……」

 

気が重かった。まあ昼間にあんな昼メロみたいなことがったので、その話題が出ない訳がないし、そしてあんまりその話には触れたくない。舞い散る一万円札。その光景は僕の中でちょっとしたトラウマになりそうだった。

恐らく同じ気持ちであろう、吉田くんと藤瀬さんも敢えて無表情を作って直立しているのが分かる。明鏡止水。無の境地だ。

 

「ポン。私からいいですか」
「……はい、阿久さん、お願いします」
「皆さんご存知かもしれませんが、本日は会員のお客様おひとりに出入り禁止の処置をいたしました。規定通り、お客様の顔写真と情報を申し送り掲示板に貼り出してますので、ご確認ください」

 

阿久さんが右手のひらを上に向けた状態で指し示した掲示板には、A4用紙のカラープリントが貼られていた。監視カメラをプリントした写真と、その下に「三浦さち」の名前。さらには備考として「退店指示をお守りいただけなかった為」という文字のあとに「160cm前後、セミロング、右目の下にほくろ」と書かれてあった。

 

「あのー、阿久さん?」
「なんですか、ポン」
「すいません、立場上聞かざるを得ないんで確認しますが、なぜ三浦さんを出禁に?」
「……貴方の目はスーパーボールですか? そこにある通り『退店支持をお守り頂けなかった為』です」
「いえ、そもそもなぜ退店指示を……?」
「お金を使いすぎていたから。私はそういいましたが」
「お金って──だってそんなの、誰が判断するんですか……」

 

ぼくが見る限り、阿久さんの様子に特に問題は無かった。それを伝えると、阿久さんはメガネのツルをキュっと上げてから、熱の無い冷たい視線をぼくに向けた。

 

「ポン。例えば貴方が『このお客さまにはご遊技頂きたくない』と思うのは、どんなお客様ですか?」
「そりゃ……、他のお客様にご迷惑をかけたり……。あと台の破壊? トイレットペーパーを盗んだり……」
「40点です! 吉田!」
「え、自分スか……! ええと、ゴ、ゴト!」
「論外です! 藤瀬!」
「はいぃ! ぼ、暴力とか! 置き引きとか! 犯罪行為です!」
「ハァ……──」

 

こめかみのあたりを押さえて頭を振る仕草をして、阿久さんは大きなため息を吐いた。

 

「全然駄目です。あなた達が挙げた例は全て『当たり前の事』なんですよ。ホールの人間じゃなくても誰でも分かる事です。いいですか。私たちはプロのホールスタッフです。最も優先するべきなのはなんですか?」

 

誰に対する質問か指示はなかったけど、目はガッツリ僕のほうを見てたので怒られるのを覚悟で渋々応えた。研修の時に聞いた内容を頭からほじくり返す。

 

「快適な遊技空間の提供……? だと思います」
「……そうです!」

 

当たった……!

 

「全てのパチンコホールは『お客様に心から楽しんで頂くこと』を一番に考えなければいけません。特に私たちホールスタッフは、お客様と最前線で接する立場です。しっかりお客様の様子を見て、把握して──……」

 

なんか最近同じような話を聞いた気がした。仁丹のケースを弾く音が耳の奥に蘇る。そうだ。この話は喫茶店で小坂先生から聞いたばかりの話とそっくりだった。

 

(君たちスタッフさんがいちばんギャンブル障害と近い場所にいるんだ。もちろん会社の法務や広報、営業や人事だってギャンブル障害と無関係ではない。けれど、一番近くで気づいてあげることができるのはなんてったって、君たちなのさ)

 

頭の中で何かがチラついた。

 

「わかった……。そうか。わかりました阿久さん」
「何がわかったんですか、ポン」
「思い出しました。ぼく研修を受けたばっかりだ。そう、ギャンブル障害です。日常生活に支障をきたしながら打ってしまっている状態……。三浦さちさんは最初見た時、オシャレな人でした。笑顔が素敵な──。そうだったよね吉田くん?」
「いや、自分……あんま覚えてないです。居ましたっけ昔から。三浦さん」
「居た気がする。あんまりお話したことないけど……。藤瀬さん覚えてない? 確かパチンコで海物語を良く打っていらっしゃったような──……」
「あ、わたし覚えてる。そんなにしょっちゅうくる人じゃなかったけど……。ああそうか、見た目が変わってるんで分からなかった……」
「そう! 変わってるんだよ見た目。ぼくむしろ変わってる事に全然気づかなかったけど。これ研修で言ってた奴じゃない?」
「あー……。確かに」

 

阿久さんがコホンと咳払いをした。心なしか、先程より少し表情が柔らかい。

 

「急激に見た目が変わった方が全てそうだとは限りませんが、一つの手がかりではあります。それよりも、三浦さんは以前、あそこまでのめり込んで遊ぶ方ではありませんでした。左手の薬指には結婚指輪。いつもいらっしゃる時にはお昼過ぎに遊技を始められ、16時には切り上げてお帰りになられていたので、恐らく家事をこなしたあとに見えて、その後は旦那様かお子様の食事を作るため買い物に向かわれていたのでしょう」
「すげえ、そんな事まで……アクマ恐るべし」
「吉田、何かいいましたか?」
「……いえ!」
「最近は遊技時間が伸びておられました。駐車場を注意深く見ていれば、朝並びに参加せずに車の中で時間を潰されている姿に気づいた筈です。そうしてずっと問題のある遊技をされながら閉店近くまで当店で過ごされ、そうして帰っていく」

 

阿久さんの言葉を聞きながら、三浦さんの事を思い出していた。パチスロコーナーで頻繁に打たれていたのは『ミリオンゴッド』や『沖ドキ』。新台も好んで打たれていた気がする。一方で『ジャグラー』や『ハナビ』などはあまり好まれなかったようだ。藤瀬さんの言葉を信じるならば、以前『海物語』ばっかり打ってた人の嗜好とは少し違う気がした。

見た目の変化。嗜好の変化。表情や性格の変化。

 

「そのような状況証拠だけでも充分に観察するべき方だったのですが、いよいよ数週間前から彼女は結婚指輪を外されてます。少なくとも家庭内で何かがあった事が推察されますし、そこから更に三浦さまの遊技は破滅的になっていきました。一切の台移動をせず、ただ朝から夜まで、同じ台の前に座り続け、それに──」

 

阿久さんの眉間に、僅かな皺が寄っているのが分かった。表情に乏しい彼女にとっては、これは非常に珍しい事だ。阿久さんは少しだけ間を置いて、自分自身に問いかけるような口調で頷きながら言った。

 

「私には三浦さまは、『少しも楽しんでいらっしゃるようには見えませんでした』」

「それで、阿久さんは三浦さんに退店を……」
「はい。私はホールスタッフとして、やるべき事をやったまでです」
「つまり、その後に指示に従わなかったからと言って出禁にしたのも──、三浦さんを、パチンコから遠ざける為だったんですね? 阿久さん」

 

彼女は何も答えず、まっすぐに前を向いたままだった。

なんだろう。ちょっとした違和感があった。三浦さんへのこの入れ込みようは、普段の阿久さんの行動とは少し違う感じがした。いつも自分を押し殺したように無表情で、フロアの中だけで笑顔を浮かべ。なのに三浦さんの事になると、わずかに人間らしい喜怒哀楽がにじみ出る気がする。もしかして、過去に何かあったのだろうか。

 

「私からは以上です。今後、三浦様が当店に立ち入られた際は必ずインカムでの周知を行う事。その後はご退店頂いてください。指示に従って頂けない場合は、通報もやむを得ません。いいですね?」

 

全く体温が感じられない氷点下の声。ぼくと吉田くんと藤瀬さんは、小さく頷く事しか出来なかった。

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。