パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第五話

パーラー・スマイル~優しい悪魔がいるホール~ 第五話

 パーラースマイルの回胴式遊技機──パチスロコーナーの照明はパチンココーナーよりも少しだけ輝度が落とされている。きっと大人っぽいムードを作るためだろう。パチスロってなんだかパチンコよりも大人っぽいし……とか思っていたのだけども、実際は違うらしい。どうやら少しだけ暗い方が「目押し」がしやすいから、だそうだ。目押しが出来ないぼくにとってはいまいちピンと来ない話だったけども、わざわざ研修資料に書いてあるくらいだからそうなのだろう。

 

 店長への連絡を終えて速歩きで近づく。パチンコのキャラクターたちが描かれた塩ビの床材の一角を抜けると、タイルカーペットが敷き詰められたコーナーに突入する。足元に伝わる感触が柔らかくなり、研修資料にある通りちょっとだけ辺りが暗くなった気がした。パチスロコーナーだ。

 パチスロ台やパチンコ台が並べられた一区画を「島」と言うそうだ。パーラースマイルのパチスロコーナーは基本的に8台ずつが背中合わせに島を形成していて、島と島の間には1.5メートルほどの間隔が空いている。ここは文字通り「通路」だけども、スタッフはこの通路に立つことを基本的に禁じられている。お客様の往来の邪魔になるからだ。

 従って阿久さんも通路から少し離れた場所──メダルを数える計数カウンターの脇の所で背筋を伸ばしてぼくを待ち受けていた。フレームが細いオーバルタイプのメガネ奥にナッツ型の瞳。口元には優しい微笑みを湛えているけども、それは決してぼくに向けられたものじゃない。

 何をしていいのか分からなくて、とりあえず黙って横に立った。ちらりとこちらを横目で確認する阿久さん。そのまま彼女は島の向こうにある、もうひとつの計数カウンター側へと歩いて行った。とりあえず付いていく。立ち止まった彼女と再び並んで立つ格好になった所で、すぐに耳元のヘッドセットから声が聞こえた。

 

(ポンコツ、あなたはカルガモですか……?)
(え……?)
(わたしの後ろを付いて回らないで下さい)

 

 ホールではスタッフ同士の私語が禁じられている。とはいえスタッフ同士、円滑な業務のためにコミュニケーションを取るのは問題ないので、何か話したい事がある時はこうやってインカムを利用するのだ。インカムのチャンネルは用途別にいくつかに別れている。厳密に言うとパチンコとパチスロコーナーでも別のチャンネルを使うのだけども、今は人手が足りなすぎてスタッフが両方のコーナーを兼任する事も多く、共通のチャンネルを利用している。

 

(わたしはこちら側でスタンバイしています。あなたは向こう側にいて下さい。……台番号は覚えてますか?)
(はい。ある程度──……)
(わかりました。それでは今日は501番台から550番台までのお客様の計数を担当してください)

 

 501番台から550番台。こう聞くと「50台」あるような気がするけど、実際はもっと少ない。これは他のパチンコホールにもあるらしいけども、パーラースマイルでは台番号に4と9を使わないのだ。従って503の次は504を飛ばして505。538の次はいきなり550になる。要するに、ぼくが今日任せられた担当の台はたったの32台だった。150台ある中の32台。しかも計数だけ。いくら何でも簡単すぎる。困惑しているところで、阿久さんがこう続けた。

 

(いいですか。まずはホールの様子を観察すること。お客さんの顔を把握する事。計数の時以外はパチスロコーナーを歩き回っても良いので、これからしばらくはそれに専念してください)
(お客さんを覚える……?)
(そうです……。パチンココーナーでもそう指示したはずですが)
(いや、何も聞いてなかったです。普通にクリンネスしたり玉詰まりを処理したり──)
(……なるほど。それは沢田の指示ですか)

 

 昨日までパチンココーナーでぼくの研修を受け持っていたのは沢田毅さんという古株のアルバイトスタッフさんだった。今日から実家がある九州へ帰省するとの事で有給休暇を取っている。

 

(そうです……)
(わかりました。吉田、聞こえますか。説明して下さい)

 

 しばらくして、ザッというノイズが耳元に2回走った。インカムの通話ボタンをダブルクリックするとこうなる。意味は「お客様対応中で応答できません」だけども、まず間違いなく答えたくないからだろうなと思った。当の吉田くんもまた「お客の顔とか別にいいんでまずは実務を覚えましょッス」みたいな事を言ってたからだ。

 

(そうですか。……あなた達に研修を任せたのはわたしのミスだったようです。ではポンコツ。あらためて今日が研修初日だと思って下さい。わたしの指示通りに動くこと。勝手に他のことをするのはゆるしません。いいですね?)
(はい、承知しました)
(それから吉田はあとからわたしの所へ来るように)
(ザッ……ザッ……)

 

 一礼をして、言われたとおりパチスロコーナー入口側の計数カウンターへ向かい少し離れた所で背筋を伸ばして立つ。この位置からだと一番近いのがまさに501番からの島で、そこはバラエティと呼ばれる単体導入台を並べたコーナーだった。基本的にパチンコやパチスロは新機種の方がお客様が多い。よく家の近所のホールにも「新台入替」と書かれたノボリが立っているのを見かけた事があるけども、それは要するに新台を好んで打つお客様を店内に誘引するためのアピールなのだ。
 新台の次に人気があるのがいわゆる「定番機種」と呼ばれるもの。パチンコだと海なんとか。パチスロだとぼくが唯一打ったことがある例の「ジャグラー」などがそう呼ばれるらしい。あと時期によって機種やジャンルの流行り廃りがあるらしく、何が「定番」かはその時々で定義が違うとのこと。
 そして、新台でも定番でもない台を単発で並べるスタイルを「バラエティ」と言う。バラエティは「その台が好きだから」打つというお客さんが多い。新台でも定番でもなく、既に他店で撤去されてしまった思い入れのある機種や打ったことがない珍しい機種など。それらを打ちたい人が台ありきで着座するコーナーなので、単純にお客様のレベルが高い傾向にあるのだ。要するに、ここを担当する限りは「目押しを頼まれる確率が極めて低い」。しばらく立ったまま様子を伺いつつ、台番号と設置機種を確認してようやく納得した。パーラースマイルは、501番から550番台まで、その全てがバラエティ機種だった。つまり、阿久さんの采配はド素人のぼくを最も効率的に使うためのものだったらしい。恐るべし阿久牧子さん。勝手に尊敬の念を抱いていると、耳元で声がした。

 

(ポンコツ……。そちらのコーナーには今すぐ交換しそうなお客様は見当たらないので、パチスロコーナー全体を見て回って下さい)
(え、交換しそうな人かどうかって見て分かるんですか?)
(……ホールスタッフなら当たり前です。早く行きなさい)
(承知しました……!)

 

返事をしてその場を離れる。通路の向こうにちらりと阿久さんの姿が見えた。おもわずお辞儀をする。

 

(スタッフ同士のお辞儀は不要です。もっと胸を張って。姿勢に気をつけなさい。……表情も硬いですね。もっと笑顔で──)
(はい──!)

 

 言われたとおり、自分にできる精一杯のキレイな姿勢と爽やかな笑顔でホールを歩く。150台中、お客さんが座っている台は40台ほど。パチスロコーナーの呼び出しボタンが押された事を示すプッシュ式の家庭用電話の呼び出し音に似た短いアラームは3分に一度ほど聞こえてきている。呼び出しから時間が経つとやや高い警告音に切り替わるのだけど、今の所それは一度も聴こえていない。つまり、阿久さんはお客様の呼び出しをほぼ全て一人で片付けているのだ。よくもまあこれだけの台を……と改めて感心しながら通路を歩く。やがて島の8台が全てお客様で埋まる一角にたどり着いた。ホールの目玉。パチスロ最新機種コーナーだ。お客様が笑顔で向かい合っているのはとある映像作品をパチスロ化したもので、原作のアニメは大学時代にぼくも観たことがあるものだった。
 改めて不思議な感覚に捉われる。……なんせこうやってホールで働くまで、パチンコやパチスロというと、わけのわからないオリジナルキャラクターが薄暗く蠢いているだけなんだろうなと思っていたのだ。ところがだ。実際はどうだろう。画面いっぱいに暴れまわるキャラクターたち。ボタンやレバーに連動して派手な効果音と共に展開するストーリー。この底抜けの派手さと明るさは、それはぼくがずっと思っていたパチンコやパチスロ観を覆すには充分な物だった。

 

……とはいえ今の所はまだ、自分で打ちたいとはあんまり思わないのだけどもね。

 新機種コーナーを抜けて次は定番コーナーへ。ここは以前大福のお爺さんと並んでジャグラーを打った場所だ。あの時は阿久さんに見つかってしまいえらい目にあったものだ。処分的には「知らなかった事なんだからまァ良いけど次回から気をつけてねェ」という店長の一言により何の沙汰もなかったけども、初日から「ポンコツ」という不名誉なあだ名を頂く事になってしまった。思わずハァとため息が出る。まあ阿久さんから言われるのはまだしも、大熊店長や吉田くんや藤瀬さんまでがぼくのことを「ポンくん」とか「ポンさん」と呼ぶのはちょっと具合が悪い。語呂は可愛いので別にイヤじゃないのだけども、意味がポンコツの略となると流石に……。そのうち何か「すごいぜ菅原さん!」みたいな働きをして汚名返上したい所だ。そのためにも早く仕事に慣れよう。意気込みも新たにジャグラーコーナーを闊歩していると、腰のところをちょんちょんと突かれた。

 

「あ、はい。いらっしゃいませェ……! あ、大福のお爺さん!」
「大福のお爺さん……はは。その通りの呼び名ですね」
「ああ……! すいません。ごめんなさい。失礼しました……! お客様!」

 

ジャグラーの席に座ったまま、短く刈り上げた白髪頭の紳士が楽しそうに笑った。

 

「強いていうなら、私はまだ60代だからナァ……。大福のおじさん、でどうだろうか。ね、菅原さん」
「本当にすいません……! ちょうどこないだ一緒に打った時の事を思い出してて──!」
「全然。大丈夫ですよ。あ、そうだ。菅原さん、これ──」
「あ! 大福! やった! 貰っていいんですか?」
「もちろん。その為に持ってきたんだから。休憩時間にでも食べてください」
「わあ! ありがとうございます。ぼくもう、すっかりおじさんの大福のファンになっちゃって──!」
「それは嬉しいですね……。はは」

 

 ふと見ると、大福のおじさんの隣には、ニコニコと笑顔を浮かべてぼくらを眺める女性がいた。年の頃はおそらくおじさんと同じくらい。首元に花柄のスカーフが巻かれている。咄嗟に夫婦だなと思った。

 

「あ、奥さんですか? はじめまして。菅原と言います──」
「菅原さん、違う違う。この人は……」

 

 女性が口に手をあてて笑いながらペコリとお辞儀を返す。

 

「わたしは古馬といいます。伊藤さん──大福のおじさんとは、ここの常連同士なの」
「うへぇ! すいません。失礼しました……。いやでも、なんか凄いお似合いだったもので……」

 

 大福のおじさんは心なしかちょっとだけ顔を赤らめながら、冗談めかして笑った。

 

「はは。それは光栄だねぇ──」

 

 

続く

 

※この物語はフィクションです。実在の団体・法人・ホールとは一切関係ありません。

 

人物紹介:あしの

浅草在住フリーライター。主にパチスロメディアにおいてパチスロの話が全然出てこない記事を執筆する。好きな機種は「エコトーフ」「スーパーリノ」「爆釣」。元々全然違う業界のライターだったが2011年頃に何となく始めたブログ「5スロで稼げるか?」が少しだけ流行ったのをきっかけにパチスロ業界の隅っこでライティングを始める。パチ7「インタビューウィズスロッター」ななプレス「業界人コラム」ナナテイ「めおと舟」を連載中。40歳既婚者。愛猫ピノコを膝に乗せてこの瞬間も何かしら執筆中。